2007年09月28日

圓橘師匠の近況

日本ではアメリカの陪審員制度などを参考に、
国民から選ばれた裁判員が裁判官とともに
刑事裁判の審理に参加する制度が2009年から始まります。
法務省ではこの制度の啓蒙普及活動にいろいろな試みを
仕掛けています。

10月6日には赤レンガ秋祭りと称して、
模擬裁判「みんなで判決」等と共に、
我らが三遊亭圓橘師匠が「赤レンガ寄席」のプログラムに
参加することが決まりました。
赤レンガというのは法務省の建物の愛称で、
このいわばお白州で古典落語「三方一両損」江戸の裁判の
様子を演って、あと師匠自ら台本を作った「それでもぼくはなりたかった」
裁判員制度にまつわる新作を披露することになりました。
話題になった周防正行監督の映画「それでも僕はやってない」
痴漢冤罪裁判のもじりです。
内容は忠臣蔵の芝居話を絡めて浅野大学における事件で殺意があったか
否かを争う岡本綺堂ばりの作りです。
圓橘一門の橘也が裁判員に選ばれ、傍聴席で圓橘と二つ目のきつつきが
解説を加えてやり取りするといった念の入り方です。
法律用語が飛び交い、師匠は随分と勉強なさったようですが、
裁判の場の雰囲気づくりが見ものです。
シリコンバレーへ中継できるといいのですが・・・・
                           つじ

2007年09月26日

圓橘師匠紹介記事より

日本のTV番組‘笑点’でおなじみだった司会者三遊亭圓楽の一門で、鳳楽、好楽、圓橘、楽太郎の四天王の一角です。タレント的に笑いを取るようなTVに出ないので馴染みが薄いかも知れません。高座の現場を重視し、じっくり噺を聞かせる本格派です。世話物、下町庶民の世界、郭話など古典のほかに岡本綺堂「礒部のやどり」や、樋口一葉「大つごもり」など読み物を噺に直し高座に掛け続けています。下町育ちで今も住んでいる深川を愛し、深川江戸資料館で毎月「圓橘の会」を開催、今年の9月で247回つまり二十年を越える地道な活動で門下を育てつつ本人も研鑽を積んでいます。アメリカで活躍する野球の日本人選手同様、古典芸能を紹介する本物の噺家を我々は応援しています。
ちょうど9月のJAL名人会出演で圓橘師匠の実物(ナマ圓橘?)をご覧になれます。どうぞご期待下さい。
                              圓橘友人 辻 記
http://www.jal.co.jp/inflight/inter/09/audio_magic11.html

2007年05月24日

2006年のインタビュー再掲載

2006年の寄席の事前インタビューです。
2月25日、26日に開催されるシリコンバレー寄席を前に、地方版では今回の寄席のために4度目の来米となる落語家の三遊亭圓橘師匠に独占インタビューを実施しました。 ハイテク都市シリコンバレーと日本の古典芸能の落語、大好評で4年も続いている秘密はどこにあるのでしょうか。 
「圓橘師匠はじめまして。 早速ですが、師匠にとってのシリコンバレー寄席とはどんなものか教えて頂けますでしょうか?」

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圓橘師匠

私は今年で噺家稼業四十年目に入ります。その間には挫折、迷いを何度も経験してきました、ただシリコンバレー寄席を演るようになってから、迷いはまったく吹っ切れました。日本を遠く離れた、異国の地で頑張っていらっしゃる方々に不十分ながらも、日本人の心をお届けして、多くの人に喜んで貰え、゛明日の仕事の糧にします゛と言われた時の嬉しさ、ああ、私は噺家やっていて、間違いはなかったんだ、と思った一瞬でした。還暦を昨年迎えた私に迷う事の愚かさを教えてくれたのは、シリコンバレーのお客様でした。

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2007年05月14日

プロフィール

<生年月日> 昭和20年11月21日
<出身地>  東京都
<出身校>  向島工業高校
<芸 歴>  昭和41年3月三遊亭小円朝入門
       ‘朝治’にて初高座。
       昭和46年11月二ツ目昇進
       昭和48年11月師小円朝の死去により
       三遊亭円楽門下に移籍。
       三遊亭友楽に改名。
       昭和55年9月 真打昇進
       六代目三遊亭圓橘襲名。
<受賞歴>  昭和55年1月
       54年度にっかん飛切落語会若手落語家努力賞受賞
<出囃子>  小鍛冶
<ひとこと> 良き時代の寄席の香りを堪能出来る落語家である。
       高座には、いかにも玄人好みといった江戸風情が漂い、
       内外の怪談噺を圓橘の脚色演出に依る
       オリジナリティーで聴き手を恐怖の世界へと誘う。
       深川江戸資料館で定期的に独演会を開いている。