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すしとみ 瓦版



2010年01月07日

春の兆し

ロスアルトスのダウンタウン、図書館脇の畑です。IMG_0036.jpg IMG_0039.jpg 

シリコン谷の菜の花畑はどこも今満開。この畑の名物アプリコットの木の芽も吹き出しています。
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スシトミML神奈川支部長な~しゃん、君のお気に入り、マウンテンビューの畑も満開ですよ。アーモンドの花が咲くころには、撮影に行きますね。

投稿者 sushitomi : 22:24 | コメント (0) | トラックバック

2010年01月04日

大木の悩み

毎日通る真冬の散歩道。この時期になると、銀杏の大木の様相は他の時期とちょっと変わる。
新緑の時期はどの木も濃い緑に色づき、晩秋の日にはどの木も黄金色に輝く。

なのに、この時期には、他と違う様相の、掟破りの木が出てくるるようだ。
この通りのほとんどの木の葉が抜け落ちているのに、この大木のみがこのフサフサ状態。


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他の場所を確認してみると、かろうじてこういう状態の木もあった。

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そしてこういうイミテーションまで。  

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銀杏の樹齢は1000年以上も珍しくないといわれている。この写真の木は、せいぜい100年未満であろう。
人の悩みは尽きないものだが、この大木たちでさえ、周囲の目を気にするとすれば・・・・・・おのれが(ワシが)小さな頭を抱え込むのは、・・・・・


でもこんど、試しにこの大木につく銀杏を煎じて飲んでみようかしら。

投稿者 sushitomi : 22:00 | コメント (2) | トラックバック

2010年01月01日

一年の計

一年の計をたてるのではなく、計をたてる意味を最近考えるようになった。

半世紀も生きると、さすがに思考が深くなってくるものだ。

投稿者 sushitomi : 07:56 | コメント (0) | トラックバック

2009年06月22日

なかよし学校 2009

来週6月30日火曜日、スシトミではマウンテンビュー仏教会主催の 「なかよし学校サマーキャンプ」 のお手伝いをします。昨年のテーマは 「弁当をつくる」 でした。

今年は

講義/ディスカッション:「あなたの主食は?」
弁当:ご飯と日本人にとってポピュラーなおかず(山のもの海のものを含む)
指導:箸の使い方とマナー
手作業:お握りか稲荷のご飯詰め

対象は小学生高学年ですが、日本語を話さない子もいるし、講義というより、実際に弁当を仕上げてもらったり、日本の食事作法などに戸惑わないヒントを示してあげられたらいいと思ってます。

そこでこのブログをご覧の皆様、参考までに以下のアンケートにお答えいただけませんか?
このエントリーにコメントいただいてもいいし、chef@sushitomi.com までメールをくださってもけっこうです。

あなたが郷愁に浸る、 母やおばあさんにつくってもらった料理の中で、今でも食べたいと
思う懐かしい食べ物は?

旅先から家に帰るとまず食べたくなるものは?

この2点です。皆さんぜひご協力ください。

投稿者 sushitomi : 22:50 | コメント (0) | トラックバック

2009年06月17日

往く人来る人

新しく赴任されたお客さんが来てくれた。昔の常連、N○堂さんの紹介だ。新しいお客さんに食事を提供することから始まり、裏メニューを出し、そのうち一緒に飲んだり、ゴルフしたりして親交を深め、店がその人の駐在生活の一部になっていくのはうれしい。

ただしこれも期間限定。長短の差はあるが、いずれは帰任される。

ここ数ヶ月の帰国ラッシュはすごかった。Tさんは東欧へ転任、M田君は東京、E&Kは神戸、S木さんは福岡、○澤夫婦は伊丹。2000年以降は日本人客(駐在員)が激減したように思う。入れ替わりに赴任される人がいないから、余計にそう感じる。

これらお客さんの生活の変化に立ち会えるのもうれしい。Tさんのお嬢さんはいつのまにか大学生。M田君は日本から素敵な奥様を迎えた。E&KとS木さん夫婦には可愛いお子様誕生。「日本ではピアノの先生をしていたから、こちらでもできればいいんだけど・・・」 と可愛く微笑んでいた○澤婦人にいたっては、いつのまにか空手をはじめ、メダルを獲得の常連となり、飲むと殺気を発するまでに成長されたものだ。

別れは寂しいものですが、皆さんが新天地に根付き、スシトミML各地支部長としていろんな情報を提供してくれるのを楽しみにしてます。これからもよろしく!!

投稿者 sushitomi : 07:47 | コメント (0) | トラックバック

2009年06月16日

人まツがいされる方法

胡乱(うろん)という言葉があるそうだ。

学生の頃、先生と目が合うと極端に目をそらし、余計な疑いをかけられるやつ。

警官を見ると、ソワソワ挙動不審になって、いつも職務質問されるやつ。

空港のセキュリティーや税関で、ひっかからないようにひっかからないようにと念じつつ、いつもひっかかるやつ。

駅前で知らない人と目が合い、つい微笑みかえしてしまうと、宗教や自衛隊に勧誘されるやつ。

まあ、こんなところが胡乱の代表者だろうが、これからは店でそこの従業員によくまツがわれるやつも加えておこう。

先日の毎年恒例、レストランショーでのこと。特売の食器を見ていたら、焼酎お湯割り用グラスを見つけた。12個取りたいのであるが、あいにくバラでおいてあるので、カートに乗せる前になにか入れるものが欲しい。

見渡すと、手ごろなダンボールがあったので、それをとりに行き、ゴミをはたいたその瞬間、「ねえ、その箱、いらないんだったら私にチョーダイ?」 

ちなみにこの日、ここのスタッフは皆おそろいの赤いポロシャツを着用し、大きい名札を胸につけてある。
ボクはきわめて通常の私服だ

よーし見ていろ!! 今度から買い物のたびに一声かけられるように、胡乱の道をきわめてやるぞ。

投稿者 sushitomi : 07:48 | コメント (0) | トラックバック

2009年06月08日

人まつがいされる理由

また声をかけられた。相性の悪い Costco だ。
今回は 「このカート、ここに置いておいていい?」 と優しそうな白人のおばさんだ。

これは、車に荷物を移し終えたおばさんが、カートをここに放置するが、あなたが片付けてくれるの?
という意味らしい。どうやらボクのことを、カートを片付けるおにいちゃんと勘違いしたらしい。

このときボクがなにをやっていたか???

自分の車に荷物を載せ終わり、手近なカート置き場が見つかったのでそこまで運び返しただけだ。

でもこの場所と置きかたが悪かったのかなあ。  IMG_0108.jpg

路上に収集中のカートの塊があったので、そこに自分のカートを突き刺すように置いたのだが、この様子が、集めている従業員と思われたのかもしれない。

投稿者 sushitomi : 08:09 | コメント (0) | トラックバック

2009年05月25日

スシトミには、トイレ、スシバーなどにいくつかのカレンダーが掛けてある。毎年年末になると、いろんなところからカレンダーが届くのだが、基本的に魚屋や業者から届く日本の美、食材関係のカレンダーは、常連のアメリカ人客が喜ぶのでそのまま進呈する。印刷を得意とする日系企業からのものは、従業員で分けて家に持ち帰ることが多い。

そしてここ数年、ボクのお気に入りで店に掛け、お客さんからも好評なのがこのふたつだ。


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お菓子職人の木村シゲちゃんからは、毎年笑点チャリティーカレンダーが届く。丸く巻いたカレンダーの中に、シゲちゃん特製の長いチョコレート菓子が忍ばせてあるのもうれしい。

2月のシリコンバレー寄席の際、スシトミ常連Y田さんの奥様がお嬢さんが、わざわざご祝儀を持ってきてくださった。師匠を紹介するとなんと、「私は橘左近の姪になります。」 とおっしゃる。これには師匠も驚かれたが、ボクもびっくり。だってこの笑点カレンダーの、寄席文字はもとより、絵も、そして笑いたっぷりの構成すべてを手がけてらっしゃるこの道の大家だったのだ。


そしてもうひとつ。残念ながら先日神戸へ帰国した仲良しの Erick & Kanae が、毎年日本から持ち込んでくれるカレンダーがこれ。 IMG_0056.jpg

クリントンカーフというアメリカ人版画家による柱カレンダーだ。絵に加え、英語と日本語でウイットに富んだ言葉が添えてある。英語で読んでも、日本語で読んでも唸らされるすぐれものだ。カーフさんは2年ほど前に亡くなられているので、おそらくそのご家族か、有志の人たちが作品を管理されているのではないだろうか。ウエブサイトもないし、検索しても断片的な情報しかない。

どなたかこのカーフさんの詳細、作品集などをご存知の方がいたら教えてくださいね。京都と金沢にカーフスタジオというものがあったようだが、今はどうなんでしょうか。塚ちゃん、ひとっ走りたのむ。

Erick & Kanae 来年もたのむ。


投稿者 sushitomi : 08:27 | コメント (0) | トラックバック

2009年05月23日

あっぱれアラ卒!!

最近楽しみにしてる読み物に、川上哲治さんの 「日々、ゴルフ惚け」 がある。川上さんとは、もちろん面識はないが同じ人吉出身。90歳を前にしてもなお、好きなゴルフを楽しむべく精進する日々を過ごされているようだ。散歩をかかさず、自分の弱くなった部分の筋力アップに努め、ゴルフ道開眼を目差す日記帖である。

「打撃の神様」 とまで言われた人だが、常にゴルフ、野球のビデオを分析し、新しい発見に感動し、自分の治らぬ悪いクセを嘆く。「ボールが止まって見える」・・・・打撃好調の時に川上氏がはいた名言だ。その氏が止まっているゴルフボールに手を焼き、奥方の冷ややかな視線をあびつつもなおスイング改造に取り組む姿勢が見事だ。


昨日近所のスーパーに買い物に出たら、変わったショッピングカーとを押している老人がいる。真っ赤なペンキで塗りなおしてはあるが、かなりの年代ものだ。よく見ると、我が人吉高校の大先輩0方さんだ。0方さんは90歳を期に、免許更新を自ら放棄したため、最近は月に2度ほど、奥様の運転で店に来てくれる。

「0方さん、おかーちゃんは?」 「いや、ひとりじゃよ。酒とつまみを買いに来た。」 カートには缶ビールと日本酒の大瓶が2本、野菜と鶏肉が乗せてある。家は近所だが、歩くにはかなりの距離だ。 「え? もしかして、歩いてきたんですか?」 「ああ、コレは寄りかかって歩けるから、都合がいいんじゃ。来て、帰って、ちょうど3時間じゃ。」


「歳とると、時間だけはたっぷりあるからなあ。毎日どうやって時間をつぶそうかと考えておるんじゃ。うまくつぶせた時の酒はうまいでのう。」      

あっぱれアラ卒!!


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投稿者 sushitomi : 07:15 | コメント (0) | トラックバック

2009年05月19日

再々再 人まつがい

何度も書いてきたが、相変わらずいろんな店でそこの店員に間違われる。

「母の日」の朝、その日来てくれた女性客に配るためのミニカーネーションをピックアップするために、近所のファーマーズマーケットに行くと・・・・・いきなり花屋の店員に間違われた。

これは自分も悪い。なんせ系列店の分も含め、600本オーダーしてたので、キッコーマンのバケツを3つ抱えて取りに行ったからだ。

でも今回は許せない。

近所の某中華系ランチ○○グロッサリでの買い物中。陳列台に膨大な量のサッポロ缶ビールが積まれていた。もちろん安い。12oz缶で1本70セントちょいか。ちょうど店で飲む従業員用ビールがきれていたので、24本入りの箱ごと2箱買おうと思い、箱の上にバラで積まれているビールをどかしていたら・・・・・

「ヘイあんた、こっちの棚を先に並べておいてくんない?」

恐る恐る振り返ると、そこにはこの店の中華系女店員がいてボクを見ていた。

投稿者 sushitomi : 08:11 | コメント (0) | トラックバック

2009年05月18日

鉄んちゅう人吉 SL動画

スシトミML人吉支部長のじゅんじ君が、久々にホームラン!!
いつもモザイクかけても消しきれないような情報しかとどかなかったのに。

これはどこなのかな。赤池水無あたりのトンネルなのかなあ。
最後の歓声? も、ほのぼのしてグッドです。

じゅんじ君ありがとう!!

投稿者 sushitomi : 17:40 | コメント (4) | トラックバック

2009年05月08日

鉄んちゅう人吉その後

スシトミML青葉台支部長な~しゃん、とその親父&息子・・・ありがとう!!

YOUTUBE

投稿者 sushitomi : 23:59 | コメント (0) | トラックバック

2009年05月01日

恥を知る 5

娘が幼稚園から持ち帰ってきた手紙を見ると、「昆虫の日」と書いてある。
いつものように、サササッーと流し読みすると、手ごろな容器を用意しなければいけないようだ。フタには虫が呼吸できるように、穴をあけておくようにとも書いてある。

これは久々にボクの得意分野ではないか。やや幅広で丸い、佃煮かなんかが入っていた丈夫なガラス瓶を見つける。フタに釘を打ち穴をあける。万が一指を切ることがないようにギザをなめらかにして自分の指でチェックし、ここまでの作業を、必要以上に細かく説明を加えて妻に報告すると、「へ~、めずらし~」。

翌朝、朝食にキャベツが出てたので、その芯に少しハッパもつけてこの瓶に入れてみる。怪訝な顔をする娘に、「お腹がすいたり、ノドがかわいた虫が喜ぶからね。どんな虫を捕まえてくるのか、おとーさん楽しみだよ。」


その夜帰宅すると、ちゃぶ台の上にこの瓶が置いてある。「アレ? なにも捕まんなかったのか?」 と妻に聞くと、「あんたちゃんと手紙読んだの? なんでもいいから虫を捕まえて持っていくように・・・と書いてあるんじゃない。みーんな自分の虫を見せ合ってるのに、○ちゃんだけキャベツの芯・・・・・・先生に聞かれたわよ。これはなんですか?って・・・」。

投稿者 sushitomi : 16:43 | コメント (0) | トラックバック

2009年04月30日

鉄んちゅう人吉その2

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スシトミML人吉支部長のじゅんじ君が、珍しくフットワークの軽いところをみせてくれました。いや~懐かしい風景だね。この踏み切りは城本? いや、青井かな?

球磨川沿いを走るSLは、絵になりそうだねえ。じゅんじ君またたのんますよ。

そういえば前回、日立のキドカラー号が来たと書いたけど、キドカラー号は飛行船で、人吉に来た列車は、ボンパ号といい、これは昭和45年ー46年頃だったそうです。人吉のみっちゃん、ご指摘ありがとう!!

投稿者 sushitomi : 08:06 | コメント (0) | トラックバック

2009年04月23日

嫌な客

初めてみる顔で、一人でカウンターに座り、「適当に握ってください」 と言われると、こころなしか緊張する。

もちろん全力投球、のぞむところだ。相手はメニューも見ないですべてこちらに任せてくれるのだ。

それにしてもやりにくい客だ。一言も発せず、出した寿司をテンポよく口に放リ込む。

ひととおり手の内を出し、「もう少し握りますか?」 と聞くと、「では最後にもうひとつ」。

たいら貝を、「上野百万石」 で出してもらったように、軽く炙り、レモンと「小笠原の塩」、とっておきの「原稜郭」の一味をふり、極上の海苔で巻いてさっと出す。シャリ無しのたいら貝手巻きだ。

心の中で 「どうだ!!」 ・・・・・・・・「ごちそうさまでした。お勘定を。」


最後にオレンジを切って出したところ・・・


「うまい!! いいオレンジですねえ!!」


じつに嫌な客だ。

とまあ、ここで、「お客さん、初めて口利いてくれたら、オレンジでしたね?」


と言うと、「いえ、ずっとおいしいと思いながら食べてましたが、言うタイミングを失って最後になりました。s○さんの紹介できました。」

「え? そうですか。なんだ早く言ってくれたらいいのに。抹茶アイスクリームいかがですか?アンコは自家製ですよ。」


「ん~んうまい!! おいしいあんこですね~」

とてもおいしそうに食べてくれた。


投稿者 sushitomi : 10:18 | コメント (0) | トラックバック

恥を知る 4

保育所に通い、すでに3年目の娘の英語は、発音はもとより、聞き取りももうすでに父親の域をはるかに越えてしまったようだ。

先日テレビのコマーシャルを眺めていたところ・・・・・

男の子が母親を手伝い、ひとりで大きなゴミ袋をガレージのゴミ缶まで捨てに行くやつだ。引きずり、蹴り、落っことしながらも、無事捨てることができ、母親に 「ジェントルマン」 と褒められる。

5歳になる娘は最近、だれのマネか知らんが、父親である私をど~もか~るくあしらいはじめたと感じていたので、ここらで1発ビシッと決めてやることにした。

「ほら見た? あなたと同じくらいの子が、ママの手伝いを一生懸命してるよ。ママも大喜びじゃないか。もうすぐキンダーなんだから、自分でできることは自分でして、お手伝いもできなきゃいけないね。」

「違うよおとうさん、これはね、男の子が乱暴にしても、袋がやぶけたり、中のものがでてきたりしないというメッセージなんだよ。」

親は子が、いつの日か親を大きく超えて育つのを期待するというが・・・・

いかんせん親のハードルが低すぎる。

投稿者 sushitomi : 08:39 | コメント (0) | トラックバック

2009年04月17日

鉄んちゅう人吉!!

帰省してくれまいか? と書いたら、なんと親子3代で見学に行ってくれたんですね。さすが筋金入り鉄んちゅう!!な~しゃん、後継者の心配なしだね!!


詳細はこちら、 SL人吉号 
もしくはこちらでも堪能できますよ。 さすがスシトミML青葉台支部長!! ありがとう!!!

SL人吉 が復活するそうです。叔父に蒸気機関車の機関士がおり、ボクが小学生の時、これで最後だからということで、従姉弟らとともに1区間をその機関室に入れてもらったことがあります。熱かったなあ!! 新幹線の車掌さんにも親類がおり、京都までの一人旅を初めて経験したのも10歳くらいの時。日立の「キドカラー号が人吉に来て、仲間と大騒ぎしたのも小学5年生だったかなあ。

な~しゃん、君は今でも鉄んちゅうなんだよねええ。子連れで帰省して報告してくれないかい?

投稿者 sushitomi : 23:03 | コメント (0) | トラックバック

2009年04月09日

男の作法

4月1日、Bossのコンサートに行って来た。’85年のオークランドスタジアム(Born in the USA ツアー)を見て以来今回が3度目。相変わらずエネルギッシュで、3時間近いコンサートの間、ほとんど息もつかずに歌い、ギターを弾きまくっていた。とてもアラ還とは思えない。

観衆は老若男女問わず万遍無くそろっており、最初の曲(Badland)からノリノリで、アラフィーのボクも立ち上がり腰を振るのにいささかもやぶさかではなかったのであるが、ふと前を見ると、銀髪で恰幅のいいアラ古来らしき親父の、その左頬を涙がつたっている。コブシを握った両手はきちんと両膝の上に置き、かすかに身体をゆすりはするが、立ち上がることはない。

この1曲目で頬をつたった涙は、途中何度か乾くことはあっても、手で拭うこともなくまた繰り返し流れ続け、結局この老人はアンコールの途中で立ち上がり、大きく拍手をしたのち、会場を去っていった。

Bossの変わらぬ叫びに夢と勇気を授かり、老人の涙と握りこぶしにもまた、同様の感動を憶えた1日だった。

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投稿者 sushitomi : 22:31 | コメント (2) | トラックバック

2009年04月05日

祝!!

Kき君、新居購入おめでとう!! 

この不景気によく頑張った。これで今日から君も一国一城の奴隷だな。

投稿者 sushitomi : 09:05 | コメント (0) | トラックバック

2009年01月20日

童謡

5歳になった娘に、「ねえ、おとうさん、むかしのうたうたって?」 と言われた。 「昔の歌」と言われても・・・・ああそうか、最近はアニメの歌や、幼稚園で習ってくる英語の歌ばかりなので、一緒に歌う機会があまりないのだ。童謡のコトだと気づき、いくつか2人で歌いだす。

「たきび」を歌い終えたところで聞かれた。「ねえ、たきびってなあに?」・・・そうか、「たきび」なんてアメリカではまずないし、おそらく日本でも今じゃあ見かけないんだろうなあと思いながら説明すると今度は、「かきねは?」「しもやけって?」・・・・そうか、死語というのは、ひとの命と同じで、どうにもならない限界があり、滅び行くもんなんだなあ。

そういえば・・・・どうして「焼き火」ではなくて「焚き火」なんだろう。「あたろうかあたろうよ」・・・・・どうして火には当たるのかな? 自分でも説明つかない疑問はわいたが、小さい頃、霜をジャリジャリ踏みしめての登校中、霧の向こうに焚き火を見つけて走り寄り、それこそ火に当たるくらい近づいて暖をとった記憶は、今でも鮮明によみがえるもので、こういう童謡を残してくれたニッポン人を誇りに思わざるをえない。

投稿者 sushitomi : 08:32 | コメント (2) | トラックバック

2008年12月04日

王道の菓子 「いくつもの時代を超えた存在感 フランス菓子の頑固な味」

スシトミイエローページでご紹介した、「LA VIEILLE FRANCE 」 の木村成克シェフの本 「いくつもの時代を超えた存在感 フランス菓子の頑固な味」 が旭屋出版MOOK から発売されました。  

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この本の中で木村シェフは、フランスでの修行時代から現在までの歩みをその折々に学んできたフランス菓子をひとつひとつ丁寧に紹介することで、確固たる古き良きフランスの王道の菓子を自らが引き継ぎ伝えていこうとする,大いなる使命感あふれる本になっています。

そしてそれは単に写真や作り方を載せるにとどまらず、その菓子が生まれた時代背景・歴史を織り込みながら、 「なぜこの菓子を残していきたいのか?」 というこだわりをあくまでも平易に、しかし熱く語る職人の世界を垣間見ることのできる本なのです。

シェフ曰く、王道の菓子とは、「派手でありませんが、手の加えようのない普遍的なおいしさと、変えようもない究極のデザインには心に迫る存在感があり、作るたびに圧倒されてしまいます。・・・・・・・・・(中略)・・・・ぼくは流行に翻弄されず、「決まり」の中でどこまで高められるかで勝負したい。・・・・・自分で感動した味は誰かに伝えたい。」

この本を読むと、その菓子を食べたくなり、これらの菓子を食べた人は、きっとどんな人が作っているのだろうかと知りたくなることでしょう。そしてただそれだけではなく、人からなにかを学ぶということ、そしてそれを自分の財産として大切にすること、それをまた確実に伝えていくということ・・・・


しげちゃん、素敵な本を作ってくれてありがとう。見失っていたものを思い出しました。

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2008年11月03日

嵐の夜のマリアッチ

今年のマリアッチはあいにくの嵐の中。でもいい状態で葡萄が採れ、しかもこの日でサマータイムが終わるので1時間長く遊べるとあって、遅い時間まで子供たちも遊びまわっていた。

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この収穫の日を無事迎えることができる最大の功労者は、毎日畑の葡萄を管理するアミーゴたちだ。このワイナリーは、その感謝の気持ちをマリアッチと食事の他にも、毎回趣向を凝らしてその家族たちを招く。

今回の目玉は道化師のマジックと風船だった。

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そして試飲。

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こちらは毎年このワイナリーの司令塔とともにやってくるワイン犬「バディー」。

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そしてその「バディー」にお預けを喰わせつつ、自分は飲み続ける仕事熱心なワインマスター。

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今年もたくさん珍しいワイン、貴重なビンテージを開けてもらえました。

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なかでも今回の目玉は、このワイナリーの看板ワイン、「MONTE BELLO」 ’78、’89 でした。

それでは最後に、皆様もマリアッチの演奏をお楽しみください。 ありがとうアミーゴ!!


投稿者 sushitomi : 16:26 | コメント (0) | トラックバック

2008年10月15日

天才の栄光と挫折

「いろんな本を読むんですねえ。」・・・・先の投稿(恥を知る4)を読んだと思われる人からそう言われ、なんとなく笑われているようなので、最近ちょっと真面目に読んだ本から・・・・・・

敬愛する数学者藤原正彦先生の本ですが、別にボクが数学を敬愛しているというわけではありません。幼い頃、数字の覚えが早く、九九も他人よりいち早くそらんじていた私は、少なくとも数字が横一線に並んでいるうちは、たぶん人並みでした。それがいつの日にか、数字が上下に並んだり、それがひっくり返ったりカッコでくくったり、αの類が出てきて呼び名も数学になってくると他人より1歩2歩遅れ、微分とかいう、意味のつかめない日本語が出てくるようになると、ボクより後ろには、あまり人がいなくなってきたような気がします。

その私が、なんで天才数学者の話を・・・・と思われるでしょうが、じつは私、十数年前に、スシトミML元横浜支部長現ご隠居の松○さんに、藤原さんの著書を薦められたときからのファンで、発刊された著書はもとより、雑誌への投稿や文庫の解説文まで追いかけて読んでいたのです。

さすがにこの、数学者がそのまた天才と仰ぐ数学者のことを書いた本となるとかなり気後れします。でも天才の栄光は知るべくもありませんが、挫折ならば少し垣間見たく思って読み始めたところ・・・・・・・

・・・・さすが藤原先生、昔よく読んだ、○○は貧乏でしたが、一生懸命勉強してエライ人になりました・・・・式の偉人伝ではなく(あたりまえだろ~)、天才が天才たる所以をわかり易く語りつつ、特異な才能を持つ天才ゆえに時代に翻弄された男たちの魂に近づくべく旅をし、書き綴った、鎮魂歌というより、恋文のような本だったのです。

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2008年09月22日

日本史2008 おりょう あれが桜島ぜよぉ~

八代(熊本)から人吉、ここから一部宮崎をかすめて鹿児島の吉松へ抜け、隼人(鹿児島)までの路線を肥薩線と呼ぶ。九州でもかなりのローカル区間であるが、日本でも珍しいスイッチバックやループ線、そして3県にまたがる峠を越えると、そこには霧島連山を望む大パノラマが広がる。えびの高原、韓国岳、霧島温泉郷、2008  夏 148.jpg
そしてこの日は、行きは雲に霞んで見られなかった桜島が、夕立後の復路では運良く見ることができた。
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今回は時間の都合で、人吉ー吉松間(いさぶろう・しんぺい号乗車)の往復で終わったが、次回はぜひ(隼人の風)に乗り換えて錦江湾に出てみよう。桜島を眺めながらキビナゴで1杯やりたいものだ。

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狙い撃ち 業務連絡青葉台支部長殿

スシトミML青葉台支部長のな~しゃん、アムステルダムからの情報ですよ。

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2008年09月15日

夏の終わり 2008

裏庭の穂ジソが出ると、カリフォルニアの夏も終わり。この夏も我が家の大葉で店で使う分は十二分にまかなえた。

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その奥の畑には茗荷、その先はオリーブの木と柚子の木。残念ながら今年の柚子は不作かも。

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2008年09月12日

日本史 2008 ダムとアオコ

最近は帰国すると、必ずどこか故郷の懐かしい場所、まだ知らない球磨郡周辺の土地を訪れることにしている。前回は八代の方から五木を越えて人吉に出てみた。日本史2006 ふるさとは遠きにありて 川辺川の上流、ダム建設予定地、そしてその周囲のむき出しにされた山肌を眺めつつ、ダンプが行き交う道を下りて来たのだ。

川辺川は球磨川の支流の中で一番大きい川で、人吉市内で合流するのだが、今回は球磨川自体を遡上してみた。

そしてこれがその球磨川の源流を育む、九州で10番目に高い市房山(1722m)山麓の市房ダムだ。

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これは8月17日に撮影したが、ちょどこのころから発生したアオコが、ダム湖全面を鮮やかなグリーンに染め上げていた。同行した従姉弟と父も、この時期のこの水位、こんな湖面は見たことがないと驚いていた。

おりしも9月11日、熊本県知事は川辺ダム工事の白紙撤回を表明、先日の相良村村長によるダム工事拒否、人吉市長のダム不要表明と足並みが揃った。

計画からすでに40数年、頭のよさそうな国のお役人たち・・・この狭い国土にいくつダムをつくれば気がすむのか。誰のために工事をすすめているのか。この人たちの頭の中は、このダムの色に染まってしまっているのだろうか。

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左は球磨川上流、夕立後の九州山脈、右は大畑駅から望む上球磨盆地と市房山


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2008年09月01日

日本史 2008夏 同窓会 恥を知る

2次会の席、「アメリカからわざわざ来た北村~、英語で挨拶と乾杯の音頭を取ってくれ~」 と、とんでもないことを言い出す幼馴染のえーじ君。会場には高校で英語を教えてくだすった恩師O先生もいらっしゃる。丁重に、「あまり上手な英語を話して先生を傷つけるのもよくないし、逆にヘタでも誰に基礎を習ったのか? という問題になるので・・・・」とお茶を濁し、手馴れた球磨弁で一言。

宴たけなわ、カラオケが始まる。聞き覚えのある懐かしい歌とその中の英語のフレーズ。隣に座ったMちゃんがいきなり聞いて来た。「この○○の意味はなに?ニュアンスはわかるんだけど。」・・・・・・・・・・「ああ、こ、これね、そのニュアンスでいいんだよ、意味はねえ・・・あれ? 日本語だとなんていえばいいんだっけ?・・・・・・・」

アメリカ滞在長期化による、日本語の 「ど忘れ」 を演じてしまった。

いくつになっても見栄っ張りだ。

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日本史 2008夏 同窓会

高校卒業30年目の同窓会。中学の同窓会も含め、これまでは遠距離?を理由に参加できなかったが、初めて参加した。450名の卒業生の約3割、当時の先生も含めて約150名の会だ。

「男子三日見ざればカツ目して見るべし」 という。 男友達は誰であれ会うのがとても楽しみ。

女性は若干名・・・「もし来ていたらどうしよう」・・・「どういう態度にでるべきか」・・・・・・
ここらへんの自意識過剰は30年たっても改善されていない。

会う友皆それなりに様子が変わっていても、面白いことに顔を見たとたんにフルネームで思い出し、すんなり会話が弾む。後日名古屋で、中学時代の同級生女性とも33年ぶりに会ったのだが、ビール1パイで当時の精神状態に戻れるもんだなと思った。

しかし皆とゆっくり話したいものの、限られた時間があるので、焼酎片手に名前と顔、そしてお互い元気であることを確認して次の友へと移動する形をとらざるを得ないのが残念。

そんな中でひとり。ボクを見つけ、大声で名前を呼びつつ小走りに駆け寄ってきた男がいる。お互いに手を出し握手しようとしたその瞬間、彼の手はボクの手をすり抜けて股間を掴み、「キ○玉!!」・・・・・・30年前のギャグをそのままこんなとこでやるなよなあ。思わずカツ目しちゃったよ、つよっしゃん!!

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2008年08月28日

日本史2008夏 清流

今回は阿蘇外輪山を眺めつつ空路で熊本入り。

熊本駅から八代駅まで出て肥薩線に乗り換える。そこから1両仕立て? の電車で人吉まで行くルートを取った。九州縦貫道路貫通以来、各空港へのアクセスは便利になったものの、この八代ー人吉ーえびの(宮崎県)間はほとんどがトンネルなので、陸路だとせっかくの景観を楽しむことができないからだ。

八代平野を抜けるといきなり山肌が目前に迫る。眼下には球磨川が流れ、この川に沿って山あいを電車は走る。
球磨川の全長は115KM。そして人吉までの間に2つのダムがある。

今年に入り撤去問題が再燃している荒瀬ダム。2008  夏 010.jpg

その上流の瀬戸石ダム。2008  夏 017.jpg

八代から小一時間、車窓から見えるのは球磨川、そしてこの渓谷に点在するわずかな民家だけだ。
2008  夏 015.jpg 2008  夏 030.jpg

そして人吉盆地。2008  夏 043.jpg 2008  夏 045.jpg

アユ釣り人とこの川原の風景は30年前とほぼ同じだ。

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2008年08月27日

日本史2008夏 花火

花火.jpg

日本史と謳いながらいきなり便所話題だったので、ここはひとつ人吉の花火をば。写真はキジ馬ねっとタイルさん提供です。

この花火大会は15日快晴でしたが、翌16日の同窓会の日は、噂のゲリラ豪雨(夕立)に見舞われました。これは宇都宮や東京でも遭遇しましたが、強烈な雷をい伴う、ちょっと怖いものでした。

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日本史2008夏 灼熱

20数年ぶりに日本の夏を体感してきました。高校の同窓会がちょうどお盆の16日だったので、その日を挟んで10日間の滞在です。最近はほぼ毎年帰省しているものの、この夏だけは避けていたんですが、噂どおりの暑さでした。

東京ー熊本ー福岡ー名古屋ー宇都宮ー東京の順で移動しましたが、人吉だけが盆地のせいか、朝夕はやや涼しかった。

カリフォルニアも日差しは強いので上半身が汗ばむことはありますが、日本の湿気はちょっと歩いただけで下半身、パンツの中まで容赦なくぬかるみます。

特に便所の中。今回あろうことか、帰国初日にバリウムを飲み、しかも下剤まで処方されていたため、都内のあちこちでこの個室のお世話になるはめになったのですが、あの中に入るとパンツを下ろす前にすでに全身汗だく。しかもひとキバリ(標準語だとひとイキミ? 英語だとone squeeze かしら?) するたびに500ml くらいの汗が出たんじゃないかなあ。

2008  夏 590.jpg

写真は名古屋中部空港で見つけた小便器の射的。これまで見た中では、やや射角が低く感じたが、スシトミML青葉台支部長のな~しゃん、どうですか?

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2008年07月24日

恥を知る その3

「ねえお父さん、いつ結婚してくれるの?」 

娘の突然の問いかけに、思わず 「もう少し考えさせて。」 と一瞬動揺して答えると、

「いつまで待てばいいの?」 とたたみかけて聞かれ、絶句してしまった。


おのれの反応も相変わらず情けない、やけにリアルなデジャブだ。

投稿者 sushitomi : 07:43 | コメント (0) | トラックバック

2008年07月12日

老化

ついこの前まで、鼻毛の飛び出たオヤジを見ると、「みっともね~」 と思っていた。
朝髭剃る時に、どうしてついでに抜いたり、切っておかないのか不思議でならなかった。

ここ数ヶ月、急に文字が読みづらくなり、場合によっては老眼鏡が必要になってきたため、買い物ついでにメガネコーナーに立ち寄ってみた。+1.0を手に取り、検眼用の細かい文字を見てビックリ。なんともよく見えるではないか。ここまで老化していたのかと驚くとともに、鏡にうつる自分を見てさらに驚いた。

鼻毛が2本飛び出していた。

投稿者 sushitomi : 12:25 | コメント (0) | トラックバック

2008年06月30日

時事放談 景気編


CPAとの会話から・・・・・


「最近景気はどうですか?」

「ベイエリアのうちのクライアントのレストラン関係だと、1年前と比べて10%平均落ちてますね。
「実質は15%以上落ちているでしょう。」

「その理由は?」

ここ数年の景気を支えてきた不動産に関わる業種が金を使わなくなったので、連鎖的にどこも落ちているね。

単純に不動産業者などをはじめ、ビジネス、個人ともに外食を控えてきているし、そのレストラン関係の仕入れ値がすべて上昇し、レストラン自体も利益が目減りしてる。」

「他の業種では?」

「クリーニング屋・リネン関係なんかかな。オイル高で経費がかさむ上に、これまでワイシャツを1回着たら洗いに出していた客が、2回着て出したりするから、大きいよね。単純に売り上げが半減してしまう。」

「どうしてそれがわかるの?」

「襟元などを見れば、何日着たものかすぐわかるし、持ち込む回数も減るじゃない。」

「そういえば車関係の業者も困っているよ。過去10年の売れ頭SUV車が、ガソリン高でまったく売れない。中古車屋が、これまでは人気SUVはすぐ売れていたのに、在庫が掃けなくて困っている。」

そこで登場した、某ヨーロッパ高級車ディーラーセールスマネージャー曰く・・・・・

「うちの最新SUVは最高だよ。買わない?」

「なんだかガソリン喰いそうだよなあ。何マイル走るの?」

「あ、ごめん、もう忘れて。うちの客で、燃費の話する人はいないんだよね。」


・・・・・・「あ、そう。」

投稿者 sushitomi : 23:47 | コメント (0) | トラックバック

2008年06月29日

カラスの仕返し

散歩道に鳥の死骸を見つけた。地方版の記事で、鳥の死骸を見つけたら、その筋の業者が処理してくるというのを思い出した。そのついでに、おぞましい過去の記憶も鮮やかに甦った。

数年前の秋、いつもとはちょっと違う響きの、妻の甲高い金切り声が聞こえた。重い腰を起こし、前庭に出てみると、やけにカラスの鳴き声が聞こえる。妻の指す指先を見てみると、そこには一羽のカラスの死骸。電柱の真下なので、おそらく病気で力尽き、そのまま落下したものだろう。

それはともかく異様なのは、我々の頭上に、10羽を越えるカラスが電線に泊まり、「カアカア」と泣き叫んでいるのだ。

とっさに手袋をはめ、バーベキューで使うトングを持ち、我が家の前の空き地まで運び、そのまま柿の木の下に放り投げたのだが、その間、カラスは鳴き続け、しかもそのカラスの重いこと。何度か路上に落としながら、しかも仲間のカラスが頭上から襲ってくるのではないかと、ビクビクしながら投げ捨てたのだ。

翌朝、けたたましいカラスの鳴き声で起きた私は、恐る恐る玄関を開けてみると、またもカラスの大群が飛び交っているではないか。不審に思い、前庭を見ると、おびただしいカラスの黒い羽が前庭に散らばっている。しかもよく見ると、そのカラスの原型を留めていない残骸がころがっているではないか。

どうして空き地に捨てたはずのカラスがうちの前庭にいるのか、もしくはまたべつのカラスが死んだのか。頭の中は真っ白なんだが、ともかくこの状況を振り払うべく、軍手をはめ、またもその残骸を処理しようと思ったのだが、頭上から聞こえる泣き声に圧倒され、いつ襲われるのか気がかりな上、妻の金切り声とカラスの合唱で動揺に動揺が重なり、思うように身体が動かない。

なんとか気力を振り絞り、頭上のカラスを納得させるべく、空き地の柿木の下にショベルを持って走り、穴を堀り、そこに死骸を入れて土をかけた。そして熟れすぎるほど熟しきった柿の実をひとつちぎり、その上に置いて走って家に逃げ帰ったのだ。

憶測ではあるが、病死したカラスを見て嘆いていた仲間は、その死骸を投げ捨てた人間を見ていた。それでまた嘆いていたところに、野良猫が遊びがてらに引きずり回し、たまたま我が家の前庭に持ち込んだのではないだろうか。前庭の芝生にこびりつくように散らばっている抜けた羽を拾いつつ、そう思った。でもその羽はなかなかうまく取れず、時間をかけてひとつずつ掴み取っていったのであるが、、電線に泊まっているカラスたちは、もう泣き叫ぶことはなかった。

2008 初夏 柿木.JPG

投稿者 sushitomi : 22:42 | コメント (3) | トラックバック

2008年06月26日

「弁当を作る」 英語版

弁当を作る

食事を作ることの大変さが分かり、家族をありがたく思った人は優しい人です。


Have you ever thought of the time and efforts your parents take to prepare meals for you?
A person who is always thankful to family is the one with a kind and gentle heart.

友達や家族の調理の様子を見て、技をひとつでも盗めた人は、自ら学ぶ人です。


Have you ever carefully watched how your family or friends are cooking?
A person who could pick up any single technique by watching is a real independent learner.

こまやかな味の違いに調味料や隠し味を見抜いた人は、自分の感性を磨ける人です。

Have you ever noticed a hint of a certain spice or a hidden ingredient in a subtle flavor?
A person who can tell a difference is the one who can develop his own sensitivities.

旬の野菜や魚の、色彩・香り・触感・味わいを楽しめた人は、心豊かな人です。

When you eat vegetables and fish in season, do you enjoy the color, the smell, the feel, as well as the taste?
If you do, you make your heart enriched.

一粒の米・一個の野菜・一本の大根の中にも「命」を感じた人は、思いやりのある人です。

Can you feel the “power of life” in a single radish, in one leaf of spinach, or even in a single grain of rice?
If you can, you are a truly caring person.

食材が弁当箱に納まるまでの道のりに、たくさんの働く人を思い描けた人は、想像力のある人です。

When you look at your lunch box, can you imagine how many people were involved in making, delivering, and processing all the foods into that small box?
If you can see many, many different workers there, your imagination is really good.

自分の弁当を「おいしい」と感じ、「うれしい」と思った人は、幸せな人生を送れる人です。

Do you always find your lunch tasteful and feel blessed?
If you do, your life will be a very happy one.

シャケの切り身に、生きていた姿を想像して「ごめん」が言えた人は、情け深い人です。

When you look at a slice of fish, can you imagine how the fish looked like when it was alive?
If you can say sorry to the fish, you are a person with deep sympathy.

登下校の道すがら、稲や野菜が育っていくのを嬉しく感じた人は、慈しむ心のある人です。

When you are walking to school, do you notice how plants are growing and feel happy to see them?
If you do, you have an affectionate and merciful heart.

”弁当の日”で仲間がふえた人、友達を見直した人は、人とともに生きていける人です。

When you prepare lunch with other people, like today, you have an opportunity to make new friends or deepen your friendship.
If you are willing to take such an opportunity, you are the person who can live and work successfully with other people.

家族が手伝ってくれそうになるのを断れた人は、独り立ちをしていく力のある人です。

Have you ever said, “Thank you, but I can take care of it by myself” when your parent offered a help?
If you have, you have an ability to live independently.

「いただきます」、「ごちそうさま」が言えた人は、感謝の気持ちを忘れない人です。

Do you say “Itadakimasu” and “Gochisosama” to the people who prepare your meal?
If you do, you would never forget to express your appreciation.

家族が揃って食事をすることを楽しいと感じた人は、家族の愛に包まれた人です。

Do you have a good time in eating together as a family?
If you do, your family is full of love.

投稿者 sushitomi : 08:57 | コメント (0) | トラックバック

2008年06月23日

弁当を作る 「なかよしがっこう」

マウンテンビュー仏教会が主催する、日系人の子供たちのための夏季サマーキャンプで、日本食に関するクラスをひとつ持たせていただいた。対象は9-10歳児17名。スシトミ内で出来る範囲、しかも時間が限られているので、あらかじめ弁当を用意しておき、子供たちにはおにぎりを各自握らせてみた。もちろんヒントになったのは、「弁当を作る」 だ。

おかずは鮭の照り焼きと自家製コロッケ、玉子焼きにタクワン。おにぎりは自分が小さい頃やっていたのを思い出し、皆にご飯をよそった茶碗を持たせ、それを軽く上下させたり、回しながら自然に丸い形にし、あとはそれを握り固めて塩を振り、最後に海苔をまかせた。

用意した弁当の空きスペースに各自おにぎりを置いたあと、私が日本語、地方版編集長が英語でこういう話をしてみた。

おはようございます。

皆さんは今日、朝ごはんを食べてきましたか?
食べてきた人、手を挙げてみてください。

ではなにを食べたのかを聞いてみます。パンを食べた人は? シリアルやフルーツ、ヨーグルトの人?

それ以外の食べ物の人は?

ではご飯を食べた人は? おかずはなんでしたか?

では、朝はなにも食べないか、もしくは牛乳やジュースの人はいますか?


質問を変えて・・・・

豆腐、枝豆、納豆、味噌、醤油、これらはなにから作られるのか、知っている人がいますか?


そうです。これらは大豆から作られます。そして、日本人の朝ごはんには、ご飯にお味噌汁、納豆、豆腐がよく出てきますが、、これらには醤油や味噌が調味料として使われます。

日本はご存知のように島国で、今と違い、つい150年ほど前までは、限られた国としか交流がなく、しかもごく一部の人しか他の国の食べ物や生活を知ることができませんでした。だから普通は、自分たちで作ったもの、近くで取れたものを食べていたわけですね。

そこで主食になるのは、米、麦などの穀物、野菜、そして魚介類になります。アメリカではたんぱく質を主に肉から取りますが、肉を食べる機会がまず無かった日本人たちは、魚や大豆の加工品などが、重要なたんぱく源だったのです。

そしてこの魚から得るたんぱく質や、大豆などを発酵させた食品は、現在とても健康によいといわれています。

あなたたちの先祖は、そういう食生活の中で生きてきたんですね。

今や日本はアメリカとほぼ同じようになんでも手に入り、食生活もずいぶん変わりました。朝ごはんにご飯とお味噌汁をきちんと取る家庭はあまりないのかもしれません。
でも、この日本の朝ごはんは、けっして贅沢なものではなかったのですが、その日1日を元気に過ごすための、充分な栄養とエネルギーを得ることのできるメニューだったんですね。

そして今日、皆さんの前にあるお弁当は、仕事に出るお父さん、学校へ行く子供たちのために、毎日お母さんが作るお弁当をイメージして用意してみました。それに今、皆さんが自分で握ったおにぎりが加わりました。

お母さんたちは、お父さんや子供たちが夕方家に帰ってくるまで、おなかがすかない量、食べるまでに腐ったりしない献立、そしてフタを開けたときに喜んでくれる笑顔を想像しながら作るのです。

「なかよしがっこう」の皆さんと会うお話をもらったとき、ちょうど日本のコミックブックで 「弁当を作る」 という話を読んでいました。そして、このお話は、あなたたちに紹介するのにふさわしいばかりでなく、、私たち大人も思い出し、意識して生きていかなければいけないとても大切なことだと感じました。

日本語と英語でプリントしておきましたので、ぜひ読んでみてください。

毎日取る食事です。ただたんに出されているもの食べる、自分の好きなものだけを食べるのではなく、この話にあるように、献立を通して、いろんなことを想像する楽しみを、皆さんが掴めたら素敵だなと思います。


最後に、あなたたちのルーツである日本は、四季をとても明確に感じ取れます。そしてその島国を囲み込む海は、複雑な地形と海流のおかげで、他の国にはない多くの種類のおいしい魚介類が取れます。そして、その魚介類が住む海底には、これまた上質の昆布があり、魚たちが繁殖するための重要な役割りを持っています。

日本食には、「だし」という、味付けの決め手になるものがあるのですが、日本人は海からは昆布と魚介類、山からはしいたけなどを取り、それを乾燥させ、組み合わせることで、世界中の人に喜ばれるおいしい「だし」を作り、日本食を広めてきました。

それは、この「弁当を作る」にあるように、私たちの祖先が、四季の変化に富む日本で、想像力豊かに日々を生きてきた証だと思います。

今日、あなたたちが自分で作ったおにぎりと、私たちが用意したお弁当、そしてこの「弁当を作る」という話が、あなたたちの今後の食生活をきっと豊かにできることだと信じています。

*「弁当を作る」 英語版は、地方版編集長と仏教会の竹内さんに訳していただきました。


閑話休題

たった1時間とはいえ、子供たちの関心をひきつけるのは難しい。おにぎり作りは楽しそうだが、話の合間に質問を投げかけていかないと、散漫になっていくのがわかる。編集長や先生方が機転を利かしてくれてありおがたかった。

最後に板前見習いケント君が、やってはいけない食事中のマナー(箸の使い方)などを大げさにやってくれたのは大うけしていました。説明などなくても、悪いマナーにはきちんとブーイングしてくれました。



投稿者 sushitomi : 18:24 | コメント (0) | トラックバック

2008年05月25日

弁当を作る

食事を作ることの大変さが分かり、家族をありがたく思った人は優しい人です。

友達や家族の調理の様子を見て、技をひとつでも盗めた人は、自ら学ぶ人です。

こまやかな味の違いに調味料や隠し味を見抜いた人は、自分の感性を磨ける人です。

旬の野菜や魚の、色彩・香り・触感・味わいを楽しめた人は、心豊かな人です。

一粒の米・一個の野菜・一本の大根の中にも「命」を感じた人は、思いやりのある人です。

食材が弁当箱に納まるまでの道のりに、たくさんの働く人を思い描けた人は、想像力のある人です。

自分の弁当を「おいしい」と感じ、「うれしい」と思った人は、幸せな人生を送れる人です。

シャケの切り身に、生きていた姿を想像して「ごめん」が言えた人は、情け深い人です。

登下校の道すがら、稲や野菜が育っていくのを嬉しく感じた人は、慈しむ心のある人です。

”弁当の日”で仲間がふえた人、友達を見直した人は、人とともに生きていける人です。

家族が手伝ってくれそうになるのを断れた人は、独り立ちをしていく力のある人です。

「いただきます」、「ごちそうさま」が言えた人は、感謝の気持ちを忘れない人です。

家族が揃って食事をすることを楽しいと感じた人は、家族の愛に包まれた人です。


・・・・・・これはビッグコミックオリジナルに連載中の、「玄米せんせいの弁当箱」17食目、「弁当の日」3章に書かれていた一節です。はしょって書こうと思いつつ、どこもはしょれなかったので全文書き写しました。

来月日系人小学生相手に寿司の日+日本食講座をやることになっているので、ぜひこれを主題にして進めたいと思いました。

投稿者 sushitomi : 06:33 | コメント (4) | トラックバック

2008年05月14日

DRC 2005

昨年の DRC2004の試飲会 に続き、今年も 2005 に参加してきた。2005はかなりの好評価がでているので楽しみ。場所はメンロパークの某所。昨年は初めての試みということで、若干のアナウンスが前もってあり、それで運良く参加することができたのだが、今年はマル秘。昨年参加し、しかもなにがしかを購入した人のみの参加となった。前回無理して(かーちゃんに内緒で)1本だけ買い求めておいてよかった~!!

参加者は28名。日本人はボクとスシトミ常連のM永さん二人。中国人3名、あとは皆白人だ。グラスが各自の前に8つ。すでに6つのグラスには2オンスづつ注がれており、残りのひとつは水、もうひとつは会の半ばに キングオブ白の Montrachet が注がれる。

着席するなり、各自好きに試飲。途中開催者が簡単に挨拶し、この年の出来具合、入荷状況を語る。そしてゲストとして参加しているソムリエが自分の感想を語り、参加者との質疑応答となる。

日ごろは最初の1杯は気を配って飲むけど、途中からがぶ飲みして何がなんだかわからなくなってしまうボクも、
この日はさすがに特別。少ない量でも、何度もグラスを傾け、その中に鼻を入れておくだけでけっこう酔うもんだ。

せっかくDRCを横飲みできるのに、気の利いたコメントを書けないのが残念だが、多少値がはっても生涯でもまず飲み機会のないワインを飲み比べることができるのはありがたい。ぜひ来年も声をかけてもらいたいものだ。

ちなみに山賊たち(前回山賊の宴会参照)からは、何本でも買えるだけ買ってきてくれと頼まれたが、やはりそんなにはないらしく、自分の本当に欲しいものを2-3本順に書いておくと、ひと月後に抽選の上、振り分けられることになった。(昨年は1種を2本希望したところ、1本のみゲット) 2008 iPhone 043.jpg 2008 iPhone 023.jpg


ところでこの話しを聞きつけた、常連のFさんからこういうメールをいただいた。

「DRC横飲み素敵ですね。前にマダムルロワの誕生日会へフランスへ行ったのを
思い出しました。シャネラーで有名ですがその通りで素敵なおばあ様でした。本人の持ってきた
55年のミュジニーが忘れられません。」

う~ん、こんな人もいるんだなあ。Fさん、今度またゆっくりお話きかせてくださいね。
それと、会が終わってテーブルを見たら、飲み残している人が3人ほどいた。もったいない!!

投稿者 sushitomi : 16:20 | コメント (0) | トラックバック

山賊の宴会

妻娘が帰省したこの2週間、珍しくおとなしくしていたのであるが、一度だけ宴会に誘われたので参加してきた。スシトミ常連韓国人若手グループの集りで、4組の家族+ボクである。ひとり英語で参加しなくてはいけないところが少し辛いのだが、ワインパーティーということなので、このセレブ軍団のコレクションには大いにそそられたのだ。

デジカメの写真もあるのだが、あまり鮮明すぎるとまた非難されそうなので、ここは iPhone でボケたやつにしておこう。しかも画面に入りきれないボトルもあり、まさに山賊の宴会だった。 2008 iPhone 036.jpg

投稿者 sushitomi : 16:07 | コメント (0) | トラックバック

2008年05月13日

異物挿入?

コバクリ定期健診を受けてきた。今回初めて胃カメラを挿入してみることになったのだが、胃カメラマニアの先生は、なんと4機種を所持されているため、自分の好みで選ぶことになった。簡単に言うと大中小のサイズなのだが、最新式はなんと鼻から挿入するやつだ。

お客さんに聞いたり、ググッてみると胃カメラの一番の問題はあのオエッツ感のようだ。今でこそ常識をわきまえたが、ついこの前まではバカ飲みして、イヤッツと言うほどオエッツ癖があったボクは、このオエッツ感だけはぜひ避けたい。なんとこの鼻から挿入するとそのオエッツ感がないというではないか。

鼻へ異物を挿入するのは嫌だと皆言うけど、僕の鼻は常日頃からボクの分身である○指、まれに○指も出し入れしてけっこう鍛えてあるつもりだ。念のためにカメラの口径を調べてみると、鉛筆の太さだという。これには少しビビッタが、なにもあの硬くてまっすぐな棒が入り込むのではなく、ちゃんと道なりに挿入されるのだし、解体新書を見ると、鼻の穴は目の方に伸びているんではなく、すぐノドチンコの奥に抜け出ているではないか。

これならオエッツ感がない分楽だと考え、当日は念入りに、メンソレをたっぷりつけた○指を出し入れして準備した・・・・

のだが、結局は 「初めてだから一番小さい口からのものでやりましょう。」 という先生の一声で口からの挿入となった。結論からいうと、挿入中は二人の美人看護婦さんにやさしく励まされていたので、やせ我慢しなければいけないかなと考え、2度ほど嫌な場所を感じたがオエッツ感はなかった。それよりもその前の喉に吹きかける麻酔薬の方が2度ほどオエッツときた。

なんとなくわかったコツを伝授すると、挿入前、挿入時ともに、恥ずかしがらず、ひと目をはばからず、大きくアーと言うときは大きく言い、力を抜いてヨダレをそのまま垂れ流せと言われたらその通りにすればいいようです。

こんなこと書いちゃったけど、千客万来、また寿司食べに来てね、皆さん。

投稿者 sushitomi : 14:22 | コメント (2) | トラックバック

2008年04月10日

占い

愚妻が帰宅したボクを笑顔で迎えた。

こういうときは要注意だ。
案の定、「ねえねえ、いいこと聞いてきたよ。」と言う。いいことのわけはないのがこの時点ですでに明白だ。

「ウエイトレスの中国人○ちゃんがあなたの名前を占ってみたら、どんなに稼いでも貯まらない名前らしいよ。お金の使い道に気をつけた方がいいらしい。特にお酒ね。」

答えるのもばかばかしく、焼酎のボトルを手にしたのだが、近々DRC2005年試飲会を控え、しかもこの参加費用が昨年の倍近くに膨れ上がっている状況において、この占いは非常に困る。まったく余計なことを。

「だいたい頼みもしないのに、人の人生や性格を語るんじゃねーよ。金が貯まらない? 貯めないだけだよ。使って何ぼの人生さ。あれ? ちょっと待て。ところでうちの愚妻の名前は調べたのかよ、貯まらない原因はどこにあるのかわかんだろー。」

ちなみに俺の干支はネズミ愚妻と娘はヒツジ、あ~うちの親父もヒツジだ。こりゃー稼いでも貯まらないはず、

中国の干支占いは当たるもんだ。


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2008年04月01日

恥を知る その2

絵本を見ている娘の横で漫画を読んでいた。ふと娘の本を見ると、「眠れる森の美女」のオーロラ姫が、王子様からキスをされる場面だったので、さりげなく娘のほっぺにキスを試みたところ・・・・

片手でボクのひざを軽く押しながら、「やめて」 娘はボクの顔も見ずに拒否した。

今のところ、子育てはうまくいっているようだ。

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2008年03月28日

ビバ! マリア!!(チリ紀行その2)

カリフォルニアもチリも太平洋に面したアメリカ大陸だから、そのまま南下すればよさそうですが、マイアミ経由になるんですね。マイアミまで5時間フライト、3時間待ってチリのサンチアゴまで9時間かかりました。幸いにも席は3席並んだ真ん中の列の左側で、ひとつおいて右側に女性が座ったものの、真ん中は空いてました。ところが・・・・・このおそらく私と同年配の女性は、「チリまで9時間よ、9時間。退屈だからあなたの横に座ってもいい?」

私は自分がモテたと言う気はサラサラありませんが、この、昔は細くて、さぞかし可愛いかったんだろうなあ・・・と思われる女性に、隣に座られたのでした。

「私はマリア、チリ人だけど今はマイアミに住んでいて、今回は病気の父のお見舞いに行くの。あなたは?」・・・・・と、ここで「ボクは・・」 と言いかけたところで・・・「あ、そうだ、父の写真があるわ。」

そこから先、ボクはただうなずくだけで、彼女の家族構成、二人の息子の話、いろんなプレゼントをくれる優しいご主人の話などを一方的に話しまくるのでした。そして飛行機が滑走をはじめたところで彼女は、「あなたはクリスチャン?」 と聞くので、「うーん、ボクは・・・」 と言いかけると、 「あ、あなたは仏教徒だわよね。わかった、じゃああなたの分もお祈りしてあげるね。」

食事の後、彼女は、もっとあなたのこと聞きたいけど、少し寝ておかないとあとがたいへんだから。」 と言って寝てくれました。サンチアゴに着き、飛行機を降りるときにマリアはボクの手を取り、こう言いました。

「チリの人はみんないい人ばっかりよ。悪い人はいないの。でも・・・たま~にだけど、バッグがなくなることがあるのよね。だからあなたのバッグもよく見ておくのよ。そうならないように、私がお祈りしておいてあげるから。」

マリアさん、あなたのおかげでなにもなくなることなく、飛行機も無事で、楽しいチリ旅行でしたよ。 

Gracias!!

閑話休題・・・・南米の人たちは、食事後、トレーを自分で片付ける(ワゴンのところまで運んでいく)んです。なんでだろ?

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2008年03月23日

チリ紀行

「ロバが旅に出たからといって、馬になって帰ってくるわけではない。」・・・というのは、私の好きな言葉で、しかも私のことではないと確信しているのであるが・・・・・

チリの前に昨年秋のメキシコ旅行のことを少し。まずは空港のトイレの写真から。

2007 秋 101.jpg

どう? スシトミML厚木支部長のな~しゃん、これを見ると、メキシコ人の射角もかなり低めだねえ。よかったよ、もし上だったら、またコンプレックスが増えるところだった。狙い撃ち参照

でもこのハチは射的としてはこれまでの中ではピカイチだよね。

秋のカボ・サンルーカスは天候に恵まれ、35度前後ながら湿気もないので快適で、ここで飲むビールは最高にうまいですね。それとトロピカルで怪しげなテキーラベースのカクテル類。テキーラなんて普段はまず飲まないけど、メキシコではビールの後にワインは合わないし。

2007 秋 209.jpg

チリ紀行本編はしばしお待ちを・・・・・

投稿者 sushitomi : 16:13 | コメント (2) | トラックバック

人まツがい 再々

Costco とはどうも相性が悪い。 「どんと あすく み~」参照 

昨日も店員と間違われた。しかも2度。あそこは従業員がレジ周辺にはごろごろいるけど、売り場に誰もいないのが問題だ。デモ販売をしているおばちゃんたちには、聞いてもなにがどこに置いてあるかわからないし、広い倉庫内で、欲しいものを探すのは慣れないとたいへんだ。なにかしら強い視線を感じ、恐る恐る目を向けると、満面の笑みでボクに歩み寄り、「○○はどこにあるの?」 だもんね。ボクだってあんたと同じカートを引いて、商品を乗せているじゃないの?

家に帰り、カミサンにこの怒りをぶちまけたところ、写真を撮られました。 「他の人にも聞いてみたら?」

2008 春 129.jpg

ちゃんとHPのロゴ入りポロシャツ着てたのになあ。

投稿者 sushitomi : 07:52 | コメント (2) | トラックバック

2008年02月24日

人まツがい

僕があらゆるジャンルの店でそこの店員と間違えらることは、過去ログでなんども紹介してますが、その一因は僕にもありそうな気がしてきました。昨年のことになりますが、メキシコで開かれた「アミーゴの今後の雇用対策と国境越え体験ツアー」に参加したときのことですが・・・・・・

空港内のビュッフェスタイルのレストランでフード眺めていたら、ダイニング側のカウンターの向こうから
、「Hola !! Amigo !!!」 という声がします。ボクのほかに誰も見あたらないので、ゆっくりと振り返ってみると、白人の男に 「コロナを2本くれ」 と、へたくそなスペイン語で言われました。

今回チリに行く際、マイアミで乗り換えたのですが、ほとんど深夜の乗り換えのため、ギフトショップやレストランもほとんど店じまいしていたのでやることもなく、ブラブラしてたらところ・・・・スタンドバーのカウンターに、むき出しになったプラグの差込み口があるじゃないですか。懸念していた iPhone のバッテリーを、ここで充電してやろうと思い差し込んだのですが、警備員にでも見られたら面倒だと思い、手持ちのバッグや、帽子、ジャケットなどを無造作に載せて電源を囲い、雑誌を立ち読みしていたところ・・・・・

「悪いけど、ビール1杯だけ飲ませてくれないか?」・・・ネクタイ姿の紳士に声をかけられました。

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2008年02月09日

恥を知る

娘を公文教室に行かせておいて待つ間、漫画本を読んでいるところを某常連奥様に見られてしまった。

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2008年01月30日

達人

コウ先生は台湾の元産婦人科医。台湾で一番大きな病院の理事を引退後は、台湾と東京に家を持ち、シドニー、カリフォルニア、オハイオに住むこどもや孫たちに会うために、季節や旬のうまいものに合わせて奥さんと二人で移動する生活だった。

カリフォルニア滞在中は、週に2-3度スシトミに来て、熱燗を2合飲み、刺身をつまむのだが、日本語の達者なこの先生の含蓄ある話しを聞くのは、いつも楽しみだった。戦争、日中、台中の関係を淡々と、けっしてどこの悪口も言うのではなく、自ら確認するように話してくれた。

その先生が急逝されて早や7年、久しぶりに集った家族たちの話を聞いて驚いた。

朝起きた先生は一番に行きつけの床屋を予約。「まだ伸びていないじゃない?」 という奥さんに対し、「いや、みっともないから切っておく。」 と言って出かけたそうだ。そして、いつものように談笑しながらヒゲを剃り、整髪し終えたところでいつの間にか寝たと思われた先生は、そのまま生を終えていたそうだ。

その顔はきれいで、そのまま葬儀に出したそうだ。享年79歳。おみごと。


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2008年01月13日

翁の夢

我が人吉高校の大先輩0方さんは、今月18日、満90歳の誕生日を迎えられます

足元こそさすがに弱ってきたようですが、今でも自分で運転し、魚釣りに行き、丁寧に庭の手入れをする日々です。でもその免許も今回で更新しないことを決意。1年単位で更新してもらえるかもしれないけど、「他人の試験官より、自分の判断の方が正しいじゃろう・・・・」 だそうです。

0方さんの話しだと、男は女と違ってある日突然、「自分はいやじゃ!まだ○○○!!」 とどんなにゴネてもどうにもならん日が必ず来るそうで、その日を境に、あきらめることができるようになるそうです。ちなみに 「女は死んでもあきらめない。」 とか。

抜けた歯は何本かあるけど、入れ歯は1本もないという0方さんは、1週おきくらいにスシトミでランチを取り、酒を1合とビールを1杯飲みながら、自分の好きな刺身と寿司を少しだけ食べられます。毎回ポツリと口からこぼれる一言に笑わされるのですが、正月早々、最高の笑いをいただいたので少しおすそわけを皆様にも・・・・・・・

私 ・・・「0方さん、奥さんも元気ですよねえ。」

0方・・・「今年85じゃが、毎朝2時間散歩しておる。若いときから口も達者で今も変わらん。ワシがひとつ言うと、みっつ言い返してくる。癪じゃからもう口きいてやらんと思って黙っていると、ワシが話すまで二日も三日もだまっておる。そこでひとつ言うてみると10言い返してくる。」

私・・・「100歳まで行けそうですね?」

0方・・・「最近死んだ人の夢をよく見るんじゃ。だからそろそろお迎えがくるんじゃないかなあと思っておる。」

私・・・「え? まさか、きれいなお花畑の向こうで、死んだ人が手招きしてるんじゃないでしょうね?」

0方・・・「いや、そうじゃないけどなあ、みんな昔のまんまで、本物そっくりでなあ。目が覚めたあと、いつも正夢じゃないかと思ってしまうくらいなんじゃ。」

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2008年01月02日

伝統とその継承

昨年の「シリコンバレー寄席2007秋」 の話になるが、今回新しい試みで、「こどもたちのための落語の集い」 を企画。日本語補習校の先生、父兄、そして師匠のご協力を得て、本番の「圓橘の会」ともども大盛況で終えることができた。お客さんを交えての懇親会を終えて帰宅したのが夜の10時過ぎ、軽い酔いと、心地良い疲労感でソファーに横になっていると、テレビから浮世絵の話が聞こえてきた。
目を閉じて聞いていて、浮世絵の摺り師として、鉄井孝之さんが紹介されたところで飛び起きた。摺り師として50年を越える道を歩んでいる鉄井孝之さんは、スシトミML相模原支部長鉄井さんの実兄で、スシトミに飾られている浮世絵2点は、いずれも鉄井さんの作である。

2007  冬 日本&クリスマス 289.jpg 2007  冬 日本&クリスマス 294.jpg

番組は、昭和期に復刻された広重版画の版木を使い、鉄井さんたちが摺りなおす過程を追跡したものだが、耳目を奪われたのは、この孝之さんの息子さんが父の跡を継ぐべく、父のもとで修行している様だった。師匠である父は、弟子である息子の前でこの復刻版の監修者にダメをだされ、何度もやり直すのである。摺り師を代表する平成の名人にあげられる人が、「くやしいなあ」 と呟きながら、その違いを理解するがゆえに何度も摺り直す。そしてその師匠の背中を見つめ続ける弟子。

落語の修行は、日々師匠のお世話が中心で、噺自体は3度教わって覚えてしまい、あとは自分で練習するという。でもそうはいいながら、毎日師匠の元にいて、その師匠が毎日練習する様を見て、聞いていると、それがまた修行になるんだろう。

鮨屋の修行も親方に教わり、模倣し、同じ寿司をいかに再現できるかがその目標になるので、同じ板場に毎日立ち、仕込みから後始末までをともに繰り返し、少しづつ任される量が増えることで自信も責任感もついてくる。

「何年修行したら寿司を握れますか?」 よく聞かれる質問だが、ただ単に巻き、握るだけならば、器用な者なら半年もすればできるものである。しかしながら隠れた輝きを持つ弟子に対し、技術以外の、教えられるのではなく、感じ取って欲しい理屈ではない先人の知恵や作法・・・つまり言葉では伝えにくいものこそが伝統なのかもしれない

半世紀以上この世界に身を置きながら、200年前の摺りの再現に苦しむ師匠の姿を見ることは、弟子にとってかけがえのない修行になることであろう。

言葉で伝えることは難しい。でも今回の「子供たちのための落語の集い」を通して、アメリカに住む子供たちが落語に触れ、実技を体験したことには意義があったと思う。噺を子供向けにアレンジせず、「時そば」を演じてくれた圓橘師匠には感謝したい。教えることではなく、感じることが大事だからだ。

次回のシリコンバレー寄席は2009春を予定している。この企画は続けていこう。日本では忘れられていた版画の芸術性の高さが海外で評価されたように、落語の楽しさをアメリカで覚えたという子供たちが出てきたら素敵なことだと思うから。  07.10.14圓橘こども集いIMG_0451.JPG 皆ならんでIMG_0467.JPG


投稿者 sushitomi : 20:40 | コメント (0) | トラックバック

昭和生まれの明治男

ロッテの村田兆治投手 がかってこう呼ばれておりましたが、僕のごく身近にいるWちゃんもなかなか武骨もんで、イケメンの見かけとは裏腹に、平成を20年数えてもいまだに明治のニオイを放っております。僕も流行にはかなり疎いほうですが、彼にはとんと及ばない。

まずつい先日はじめて携帯を持った。(奥さんに持たされた)もちろん、タダのやつで電話以外の機能を知ろうともしない。それどころか、受話器のない電話は、叩きつけて切ることができないのが悔しいとさえ言う。それはそうだ、誰かガチャン!!という音が出るOFFボタンを考えてくれないかしら。

デジカメももちろん持っていない。でも車にはバカチョンカメラが置いてあり、これを現像に出し、焼き増しして人に配るのが好きである。

ケイタリングの配達を頼んだ際、ヤフーマップをコピーし、ディレクションも添えて渡したが、彼は番地を確認して、AAAでもらった年代ものの地図を広げて見だした。彼の車のドアポケットには、膨大な量のこの手の地図がつっこんである。

物を捨てることを知らず、僕が捨てたものを拾うのはもちろん、いつ書いたかわからない汚れたメモ用紙までもきちんととってある。そして、「あ、あのときのアレがあったら」なんて言うもんなら、「これですか?」と、ニヤリと笑って出してくる。

高校時代からサイズが変わらず、今でも制服を着ることができるという健康体のためか、風邪薬も飲まない。未だに携帯常備薬は 「正露丸・バンドエイド・オロナイン」の3種。

キャンプに行く息子のバッグの中を確認し、そこに息子が自分で用意したバンドエイドを見つけ、ニヤリと笑う心優しい父親でもある。

言葉使いにも定評がある。えもん掛けやネッカチーフでウエイトレスに怪訝な顔をされるのは茶飯事、ラブホをモーテルと言って僕は笑われたけど、彼は「連れ込みのことでしょ?」なんて平気で言うんですから。

シリコンバレーという土地柄か、アタラシモノに引きずり回されがちですが、こういう男が身近にいると、なんかホッとするものです。

そういえば僕の大好きだった明治生まれのばーちゃんは、脳溢血で倒れて入院した病院でも、ノーシンを隠れて飲んでたなあ。

投稿者 sushitomi : 17:00 | コメント (0) | トラックバック

2007年11月29日

ご紹介

我が人吉高校の大先輩であり、現在は海軍料理研究家としてご活躍中の、高森直史さんの新書が出ました。  2007 秋 042.jpg 「気ままに大自然 アウトドア生活 のすすめ」光人社刊

じつはこの高森先輩、昨年アメリカでもアウトドドア体験をされており、その際にすしとみにも立ち寄ってくださいました。というわけで、すしとみ店内の写真や、食べていただいた 「サンノゼ豆腐」 の感想なども書かれています。今回の本は、来月大分で開催される 「自然サミット」 のテキストにも使われるそうです。

ぜひご一読ください。


こちらは人吉市内、人吉城から100メートルほど上流の球磨川にかかる鉄橋です。すしとみ常連の shige・I 画伯に描いていただきました。懐かしいなあ。人吉の人間なら、すぐどこの風景かがわかりますね。うまい!!  2007 秋 037.jpg


この絵はすしとみカウンター内特設会場にてご観覧できますよ。

投稿者 sushitomi : 23:23 | コメント (6) | トラックバック

2007年11月25日

離縁

最近、私の周囲はちょっとした禁煙ブームになっております。すでに禁煙して3ヶ月が経過、「意外と簡単だったよ、ライターも全部処分したしね。」 という人もいれば、自分でタバコを買うのをやめて3ヶ月たち、「いやー、人にもらうのってけっこう気を遣うから、ずいぶん減りましたよ。もう成功したようなもんですね。」、という人もいるし、 「今手持ちの5カートンが無くなれば止めるよ。」 という人もいるのですが、この人なんて先日店に来た時、あんまり頻繁に吸いに席を立つので、「そんな調子で止められるんですか?」 と、聞くと、「早く止めたいからさっさと吸いつくそうと思うんだ!!」 なんて言ってますがどうなんでしょう? そのほか「プチ禁煙」してる人もたくさんいますね。

かく言う私は喫煙歴10年、かなりのヘビースモーカーだったのですが、28歳の誕生日の日にふと思い立ち、その後は1本も口にしていません。じつは何度も減らそうと試みたけどそれが出来ず、タバコと完全に縁を切るしかないと考え、「ひと吸いでもしたらおしまい!!」 と、これまでずっと自己暗示をかけつづけてきているのです。

でも本音をいえば、もし1日5本程度の喫煙に抑えられて、そのすべてのタバコがどれも本当においしく吸えるのであれば、健康上の問題もないし、他所様に迷惑をかけるような状況では吸うこともないだろうと思うのですが。

今では吸いたいと思いませんが、夢はよくみます。よく見るのは、「隠れて吸っているのを見つかるパターン」や、もう絶対においしくないし、むせるだろうと思い、恐る恐るひと吸いしたらなんともない。アレ? むせるはずだけどと思いもうひと吸い込みするとなんかうまい。今度は思いっきり吸い込み、息を止め、ゆ~っくり吐き出すと、それはもう夢か幻ではないかと思うくらいのきれいな紫煙があたりに立ち込め、恍惚の瞬間が得られるのです。そういうときは、目が覚めた後でも、「あれ、俺って、とうとう吸っちゃっちゃのか?」 と勘違いするくらいリアルな夢なのです。

でも本当に止めたいのであれば、タバコと縁を切らなければいけない。それは、吸いたい欲求を抑えることではなくて、1日の生活のなかで、タバコに関わってきた道具、クセ、タイミング、ひいては人付き合いの仕方すべてにおいて縁を切るということなんですね。

食後の一服はもちろん、イライラ解消、人との待ち合わせ時間、会話のとぎれをつなぐため・・・・・・・・。
一服を我慢するのは比較的簡単で、その証拠に、飛行機の機内では、たいていの人がその欲求を解消することができるし、我慢した後の1服はこれまたうまいんだから我慢する。でもそれが死ぬまで我慢できるかというとそうはいかない。やはり、タバコと縁を切るしかないんです。


そういう私は今、酒と縁をきれるかどうかで悩んでいます。 「俺流ダイエット」 が効果を示さず、コバクリでの検診結果の数値が年々危険区域に近づいてきている今、来春の検診ではおそらく酒量にチェックが入るでしょう。もし、「ちょっと酒をやめてみましょうか?」 なんていう宣告を考えると、今のうちからなんとかしなければいけません。

タバコとは縁が切れた。嫁さんとも切りたくはないけれど覚悟はできそうだ。でも酒は死ぬまで飲み続けたい。今私は、酒との友好関係を生涯維持すべく、本当にうまい一口のビール、五臓六腑をちょっと温めるのに必要なだけの酒、そしてグラス1杯を揺らしながら、香りに酔い、喉をしめらせるワインで満足できるように、努力する所存でございます。

小林先生、「いきなり宣言」だけはやめてくださいね。


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2007年11月19日

マリアッチの夜 2007秋

秋も深まったある夜、今年も某ワイナリーの収穫祭に参加してきた。暖かい夜だったせいか、昨年よりかなり遅くまで、マリアッチをバックにダンスする人たちでにぎわっていた。 ダンス1.JPG


より良いワインを造るために、1年中土地を管理し、木を剪定し、水をコントロールするのはほとんどがメキシコ人アミーゴだ。このアミーゴたちは、この秋の数週間を、雨や気温に振り回されながら、毎日葡萄を摘む指令を今日か今かと待ち続ける緊張した日々を過ごす。そして、その収穫もほぼ終えた今夜、このワイナリーは、このアミーゴたちの家族全員を VIP として招待し、マリアッチの演奏と食事、そしてワインでもてなすのだ。 

 ダンス2.JPG 2007 秋 023.jpg 

写真は子供たちの顔にペイントしてくれるおねえさんと、恒例、我が家の自慢のサルサコンテスト

ダンス3.JPG カウンター.JPG ダンス4.JPG  


収穫期に入ってから予想外の雨もありましたが、今年もいい葡萄が取れたそうです。
アミーゴたちありがとう。


ダンス5.JPG 2007 秋 019.jpg

ぶどう園の向こうに沈む夕日と、サンノゼ盆地の夕暮れ


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2007年10月30日

秋の夜長に・・・・

「人まちがい」

先日娘の誕生会、とあるパーティー会場でのことです。花嫁の父が結婚式で大事な役割を果たすように、私もその日のプリンセスの父親であるわけですから、朝からキチンと整髪し、襟付きのシャツにチノパン、デッキシューズという、私にとっては最高の装いで行きました。受付で、「車に持ち込みの品があればこのカートで運ぶように」と親切に言われ、カートを押し始めたところで嫌な予感がしたのですが・・・・

案の定、パーキングで出くわしたどっかの親にいきなり 「これ、運んでくれるの?」 と聞かれました。

そして会が終わり、たくさんいただいたプレゼントをまたカートに載せて運んでいると、「それ終わったらこちらも手伝ってくれる?」 人の良さそうなおばあさんにまた聞かれたのでした。

「すしとみ秋のコレクション」

「あれ? それってすしとみのシェフの決まりなの?」

常連のYさんは、私たちの髪型を見て言いました。ちょうどミッちゃんが休みで、私、オッチョ、リュウ、見習いのケントがいたときです。たしかに一見同じボーズ頭に見えるけど、Yさん、よく見てよね。
オッチョは金がないから自分で剃るボーズ、ケントは柔道やってた小さい頃からボーズしか受け付けない体になってしまったボーズ、リュウは数年前からとある事情で伸ばせなくなってしまったボーズ、私は月2回はカリスマ理容師の手で、丹念に刈りそろえてもらう、江戸前の髪型なんですから。

ちなみにミッちゃんは、生まれてこのかた、一度もボーズにしたことないし、80近い親父も自分とほぼ同じ髪型だという、とても鮨屋向きとは思えない男です。


「パンプキンパッチ」

panpkin016.jpg panpkin patch036.jpg

エルカミーノホスピタルの近くには、大きな農場があり、毎年この時期になると、大掛かりなパンプキンパッチが行われていました。でもそれも去年までのこと。もうシリコンバレーではおなじみですが、ここも住宅地として申請、許可がおりたようですね。

環境維持を他にだけ求めるわがままが通らないことは重々承知ですが、なんとなく寂しい秋になりました。

2007 秋 パンプキン.JPG 2007 秋 かぼちゃ.JPG


「暖簾の重さ」

日付けの偽装が発覚したときの、由緒ある大店の対応には目を覆いたくなくなるものがある。
社長一同が証拠隠滅に走り、言い訳に終始し、最後に頭を下げる様は悲しい。
歴史の長いだんご屋が、日にちを決めて物を捨ててきたとは到底思えず、使えるものは再利用してきた長い歴史がきっとあるはずだ。本店で使えなくなったら姉妹店に回すこともあったろう。

これを堂々と言うわけにはいかないところが悲しい。ウソの表示はいけないことだが、かっては再利用の道を見つけ、出世した先人もいたことだろう。その発見こそが、名店として名を残すきっかけになったかもしれない。

いったいいつから曖昧な賞味期限が付けられるようになったんだろう。昔は皆、自分の目と舌で、賞味していたんだろうに。


「土を喰う日々」

いつも手元に置き、事あるたびに読み返す本のひとつに、「土を喰う日々」がある。 
高級な食材を手にしたり、うまいもんを食べた後にこれを読むと、「本当の贅沢とは?」 と考えてしまう。  

そして、作る側からすると、ないものを理由にして作らず、あるものを見過ごしている日々の怠慢を、恥じ入るばかりである。  2007 夏 hana's foods 086.jpg


「私の履歴書」

日経新聞 10月の「私の履歴書」は、すしとみ常連青木正彦先生でしたが、噂は耳にしていたものの、かなり迫力ある若き日々でしたね。名誉教授となられた今も、未だ眼光するどく、日米を往復してご活躍の日々です。年輪や履歴を刻み込むには、日々戦いの境地にあってこそなんでしょうか。

秋の夜長に、あれこれと考えて眠れなくなりました。

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2007年08月27日

イマジン

「平和」 という言葉を実感するなんてことは、「平和」 でない状況にあってはじめて身に染み入るものなのでしょうが・・・・・・

ジョンレノン「イマジン」が名曲であることは、誰もが認めるところでしょうが、その詩の内容は、必ずしも常時万人に受けるものではなく、特に戦時下においては一部に嫌悪する人たちがいることも事実です。


今年76歳になるダンは、私がアメリカに来た’85年頃から約6年間、間借りさせてくれた日系人のおじさんです。リタイアしてほぼ15年。サンノゼ郊外にある55歳以上の人たちしか住めないシニアコミュニティの中にマンションを購入し、毎日ゴルフ三昧の日々でした。その彼からなんと結婚式の招待状が届いたので、家族で行ってきました。

花とリボンで飾られたゴルフカートを運転するダンの横では、新婦であるおばあさん?が笑顔で手を振っています。祝福する友人や家族もほとんどが70歳前後だったのではないでしょうか。
食事をしている私のところへ、ワイングラスを手にしたダンが挨拶にきてくれたので、少しイジワルな質問をしてみました。

「あなたは過去2度の結婚で、何も学ばなかったのですか?」

「・・・・・Well・・・・学んださ、でもなにを学んだのか忘れた。この歳になると悪いことは忘れるんだ。そしてもしかしたらまだいいことが残っているかもしれないって、いいことばかり考えているんだ。彼女と二人でね。」・・・・・・・


自営業Yさん(仮名)は、結婚生活を自らの試練と位置付け、「試練の後には?」 と質問すると、「試練の後には新たな試練が待ち受けている」 と、公言するほどの恐妻家であります。
また、この恐妻家にして愛妻家のYさんは、結婚後、初めて平和のありがたさを実感し、その、台風の目に値するほどの頻度のつかの間のの平和の日を、想像しながら生きているそうです。

おめでとうダン!! お幸せに!!!  2007 夏 庭 025.jpg


You may say I'm a dreamar
But I'm not the only one
I hope someday you'll join us
And the world will live as one

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2007年08月05日

カリフォルニアの米

4月にRyuさん とお約束したことを、今頃になってupするのもなんですが・・・・・

ジャン!! これが最新カリフォルニアの米たちです

2007 夏 015.jpg

 ’90年代までは、こちらでは国府田米の新米がうまい米の代名詞で、一般的には中粒米の「錦」が主流でしたが、ジャポニカの短粒米が根付き、最新の精米技術が導入されたここ数年は、種類も増え、格段においしくなってきています。実際にはどのブランドもほとんど同じ米で、精米所によって名前を変えているだけのようですが、私はここ数年、田牧米ゴールドに落ち着きました。お客さんにもよく話すことですが、どのブランドでもいいけど、得だからといって、大きいサイズを買わないことですね。カリフォルニアは乾燥するのが早いですからね。

それにしても、最近は中華系、韓国系のマーケットの品揃え、廉価には驚かされます。日系のマーケットでなくても、たいがい揃うのではないでしょうか。野菜や魚介類も新鮮で、以前のように暗くて臭いイメージはありませんね。インスタントラーメンの量と種類もすごい。

ところで私は店で使う塩を韓国マーケットで買います。普通のSEA SALT・5キロで7ドル前後ですが、その種類と量は豊富です。日本のマーケットには、最近なんだかやたら種類が増えてはいますが、小さいパックでレストラン向きではありません。中華系は4千年の歴史とはいいつつも、どういうわけだか塩にはまったく無頓着で、ほとんど塩化ナトリウムのみ・・・・・ 

2007 夏 塩.JPG 2007 夏 塩2.JPG 2007 夏 塩 中華.JPG

左が日系大手スーパー、真ん中が韓国系、そして右が中華です。
右の写真は私がよく行く中華の大手スーパーですが、ここには韓国のSEA SALT がかろうじて二つおいてありましたが、あとはMORTON のサラサラ塩だけでした。

「ぎょーざの花」のシェフの仕事ぶりを見ていると退屈しません。中華鍋ひとつで炒め物、揚げ物、スープまでじつに器用にこしらえていきます。多種あるソースも、ほとんどおたまひとつで使いわけます。でもこのシェフも、最初の頃、SEA SALTを用意したら嫌がりました。使いにくいというのです。うちのカミサンもそうでしたね。中華は塩にはこだわらないのでしょうか。

投稿者 sushitomi : 08:12 | コメント (2) | トラックバック

2007年07月29日

不完全犯罪

女房・子供が帰省し留守の間、当然のごとく自分もリフレッシュするわけですが、面倒くさがり屋の私のささやかな楽しみといえば、本でも読みながら夜毎ゆっくり飲むくらいです。ところが、その一人暮らしの私を狙って押しかける輩がいます。もちろん皆で飲むのは楽しいので、ひとりやふたり来てくれるのはいいのですが・・・・・・

きれい好きの女房は、帰省前に必ず大掃除・整理整頓をして帰るのですが、これが問題なのです。カーペット上に残る掃除機跡、ワイングラスの並べ方などにも、独特のコダワリがあるらしく、私がちょっと片付けたくらいでは元に戻すことはできないので、最近はあえて散らかしたままにしておくことにしてます。そして、「ああ、誰それが一度飲みにきたよ。」と安全パイを振っておくのですが・・・・・・

今回も最初はそのはずだったのです。3人に声をかけたワイン&簡単バーベキューの集いということで、
夕方5時開始、しかも裏庭、ワイングラス以外はすべてペーパープレートと割り箸、呼んだ客はもちろん常識を持ち合わせた上客です。秘蔵のワインを2本用意し、飲み比べるという趣旨でしたが、途中で携帯が鳴ります。

「あ、今どこですか?」「スシトミだよ、仕事に決まってるだろ?」「なに言ってるんですか、僕今スシトミに来てるんですよ。休んでるじゃないですか? すぐ行きますどこに居るんですか?」

こうした乱入者はあろうことか他のものまで連れてきて、ワインも2本が3本、3本が4本と空いていきます。その頃には私自身も、カミサンの視線というブレーキがないため、徐々にお祭りモードに走り、仕事を終えた店の仲間まで呼び出しをかけ、結局13人の壊れた男たちの大宴会になってしまいました。

それでも最後の冷徹な意識は残っており、けっしてこの壊れたやつらを家の中には上げなかったのですが、なんと夜中1時過ぎても帰らないやつが4人も残ってるんですよね。そしてついにその中のバカが「寒くなりましたねえ、酔いがさめちゃうから家の中で飲みなおしましょうよ。」
結局3時を過ぎ、私が「頼むからもう帰ってくれ」というまでこのバカたちはいました・・・・・・・・


帰宅したカミサンがさりげなく、でも確実に掃除をしていきます。もちろん事情聴取も入ります。
そしたら、思いもしないところで容疑を追求されちゃうんですよね。なんと食卓の位置が少しずれていると言うのです。最後の最後に情けをかけて家の中に入れたとき、誰かが座りやすくするために動かしたんでしょうね。

まあ、これはなんとかごまかしが効いたのですが、もっと単純に否認できなくなったのは、そのカミサンの帰宅前に回収されているはずの、リサイクル箱が、どういうわけかこの時に限ってそのままにされていたからでした。 バレエ 003.jpg


投稿者 sushitomi : 07:57 | コメント (3) | トラックバック

感染症

7月28日土曜日、なでしこJAPANと米国チームの強化試合を観戦してきた。北京オリンピックを来夏に控え、強豪相手にどこまで戦えるのか。 結果は1:4 4点先行され、終了間際に1点を返す展開。完敗である。 ニッポン2.JPG

おりしもこの日朝、日本代表が韓国とのアジアカップ3位決定戦で破れたニュースが届いていた。

敵陣に入ってパスは回すものの、最後が崩せず ・・・・・日本はパスをつないで韓国陣内に攻め入ったがチャンスをつくれない・・・・・・・「形はできていた。決められる場面で決められなかった」と中村俊・・・・・・

なでしこJAPANもまったく同じで、スピード感とパワーはないものの、小柄で華奢ななでしこたちのパス回しは素晴らしく、混戦の中でも巧みに攻めあがるのですが、最後はセンターリングできないし、ゴールに向かってシュートまではいかない。接戦にする機会が何度となくあったのに、結果として力の差を見せ付けられてしまいました。

メキシコ5輪の時の名将クラマーコーチは、先のワールドカップの日本代表の詰めのなさを、「病気としか思えない・・・」と嘆いたそうですが、こういうのは感染するもんなのでしょうか。

試合後の反省会(飲み会)の席、元サッカー小僧たちは口々に、「小さい頃からボールを持つな!!早く回せ!!と言われてきたからなあ・・・・俺が俺がというやつは使ってもらえなかったからなあ・・・・でも3回に1回くらいは自分で行けよ!!・・・・・・

焼酎のボトルのパス回しが冴え渡るこの日の反省会でした。

ニッポン.JPG 頑張れニッポン!!!

投稿者 sushitomi : 06:42 | コメント (2) | トラックバック

2007年06月17日

今週の名言

辛口カレーを食べるカリスマ理容師のSちゃんは、途中で必ずエキストラナプキンを欲し、それで丹念に眉毛から上部の無毛地帯を拭きます。汗が噴出すのです。そういう私もここ数年、辛いものを食べると、頭頂部の発汗が、文字通り手に取るようにわかるのですね。毛があるとこれはわからない。

そのSちゃん曰く・・・・・・「カレー食べたあとの汗は、カレーの臭いがするんですよね。」

ボク・・・・・・「え~、そんなバカな!!」

Sちゃん・・・・・「いやホント・・・これって加齢臭に入るんですかねえ?・・・・・」

投稿者 sushitomi : 14:39 | コメント (0) | トラックバック

2007年06月11日

チャーリーパパ!!

ここ2年ほど、慢性的に怠惰な生活の中にも、間欠的に噴出す健康嗜好の日々がある。こういうときは、とりあえず散歩にでかけるのですが・・・・・・

朝公園を散歩していると、犬を連れたおじいさん、おばあさんのグループに出会う。場所がらか、可愛い服を着せたり、きれいに毛並みを揃えた犬が多いが、その中に一匹、目は隠れ、毛も汚れ、ひとりわが道を歩いていつも怒鳴られている、漫画に出てきそうな犬がいた。名前はチャーリー。

このチャーリーのパートナーは70歳は越えたと思われる男性だが、このおじさん、じつに愛想がいい。いつも笑顔で敬礼したり、大げさにお辞儀したりして挨拶してくれる。
おじさんとチャーリーはいつも朝の笑いの中心だった・・・・・・

・・・と、この半年ほどですが、おじさんをまったく見なくなってしまったのです。もちろんチャーリーも。いろんな嫌な事を頭に浮かべながら歩く日々でしたが、仲間の一人のおじさんに聞いてみました。

「チャーリを連れたおじさんを最近見ていないけど、彼は元気ですか?」「死んじゃったよ。」「え、あのおじさんが?」「違うよ、チャーリーだよ。」「え、じゃああのおじさんは?」「3ヶ月ほど前、図書館でみかけたけど、元気だったよ。でももうこの公園には来たくないんじゃないかな。」


「チャーリーパパ!!」 こう呼ぶと、両足を揃え笑顔で敬礼してくれていたおじさん、
公園のすぐ近くにあるモービルホームに一人で住んでいるというこのおじさん、毎日どうやって朝を迎え、過ごしているのでしょうか。


投稿者 sushitomi : 07:27 | コメント (4) | トラックバック

2007年04月22日

日々雑感 

「日本の銀行」

帰国した際、必要があり銀行へ出向いた。地方とはいえ、立派な大都市の駅前にある銀行だ。5人ほど椅子にかけて待つ人がいたくらいで混んではいない。整理券を取ると、6番目、これは早く済むな・・・・・と、思ったのですが・・・・・・

雑誌を手に取り、座ったのですがここからが実に長い!! カウンターの中には、窓口担当が5名、その後方目に入る範囲になると他に8人もいて、皆、もくもくとなにやらうつむいて作業していいるのですが、まったく進まない。隣のおばさんに、「いつもこんなに待つのですか?」 と聞くと、「今日はすいてるから、そんなに待たなくてもいいほうだよ。」 とのことでした。

日本に帰ると、目が回りそうになる人の動きに圧倒されることもあるし、気が遠くなるほどのんびりした仕事ぶりにも戸惑い、どう対応したらいいのか、いつもわからなくなってしまう。

「人間違い」

私が、買い物先で、その店の従業員によく間違えられることは、これまでにも何度も書いてきましたが、これは相変わらずです。あきらかにカートに商品を乗せていても、並べていると思われるようです。・・・そんなある日・・・・・・・・

暖かくなってくると、我が家のオリーブの枝葉が急成長するので、その前に剪定した。高いところなど、ひとりではとても無理なので、店のアミーゴひとりに手伝いに来てもらう。切るのもたいへんだが、落とした枝葉を小分けにし、片付けるのも一苦労なのだ。大汗をかきながら我がトラック「マンギョンボン号」に積み込んでいるところで、犬を連れたおばさんに声をかけられた。 2006 秋 車・ 058.jpg


「How much do you charge?」・・・・・・・・「えいごこんぷれっくす」 の私ではあるが、これくらいの間違いはわかります・・・・「How much do you pay ?」 ・・と、おばさんは聞くべきですよねえ? 

ココロ優しい私は、「ここは私のうちで、彼は私の友達です。手伝ってもらっているんです。」 というのですが・・・・「チップはずむから、終わったらうちに来て」 と、しばらく食い下がられました。


「今週の迷言」

マーク翁70歳。定年と同時に、カリフォルニア北部の山に土地を求めて移り、ほぼ自給自足の生活中。今は月に1度山を下りてきて、シゲちゃんのところで散髪をし、酒類の買い出しをしてまた山へ戻ります。もちろん、スシトミにも立ち寄り、寿司バーで1杯やるのですが、この翁、毎日鶏やヒツジとしか話していないくせに、英語でも日本語でもじつにうまく周囲の笑いを取ります。


ボク・・・・・・マークさん、相変わらず英語も日本語も達者だねえ。帰米二世でしょ? どうしてそんなにうまく話せるの?

マーク翁・・・・・・・生きていくのに、最低限必要なことぐらいは覚えましたよ。

ボク・・・・・・・そうだろうけど、どうしてそんなに達者なのかなあ。アメリカに戻ってきたのは15,6歳? だよね?

マーク翁・・・・・・・中学まで出れば、日本語は充分でしょうが。「いろは」の「いろ」 くらい、もう覚えてましたよ。

ボク・・・・・・・でも英語はアメリカに戻ってからでしょ? アルファベットくらい習っていたの?

マーク翁・・・・・・・ABCで最初に覚えたのは・・・・・「H 」 じゃあなかったかなあ・・・・・


この人の脳みそは、故郷の大先輩0方さんと同じく、ぜひ形見分けして欲しいものです。

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2007年04月17日

「都市伝説」

2年ぶりに コバクリ で健康診断を受けてきた。いろんな人から、禁酒、禁煙、ダイエットの動機付けや闘病生活の実態を聞くたび、耳が痛くなる年頃である。本当は毎年受けなくてはいけない年頃でもある。

検査結果・言われること、・・・・・・が容易に想像できる生活態度には自信があるため、そこが検査に二の足を踏んでしまう理由なのであるが、もうひとつの理由は、例の検査、つまり 「前立腺肥大の検査」 というやつである。

これには以前からさまざまな 「都市伝説」 を聞いており・・・・

小林先生には申し訳ないけど、そのおぞましい話のほんの一部をお話しましょう・・・・・・ もちろんこの伝説は、小林先生とはなんの関係もございません。


鳥取出身Kさんのお話・・・・・・ふと目の前の鏡を見たら、先生が笑っていた。

北海道出身Mさんのお話・・・・・・好きな体位を聞かれた。

秋田出身Kさんの話・・・・・・仰向けに寝て足を抱えさせられ、先生と目を合わせた状態で検査された。

大阪出身Tさんの話・・・・・・10回目の検査で、ようやく自分にフィットする先生に出会えた。

沖縄出身Sさんの話・・・・・・ビニールの擦れる音が聞こえたので、思わず後ろを振り返ったら、先生がコンドー○を装着していた。

熊本出身Jさんのお話・・・・・「念のため」 と言われ、体位を変えて2度やられた。


当然のことながら、私は残り少ない私の尊厳を最大限に尊重して、検査していただきました。皆さんも定期健診はお早めに!!

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2007年04月16日

狙い撃ち

せっかく真面目な話題が続いたところに、こんな下ネタを扱うのもなんですが・・・・スシトミML厚木支部長のな~しゃんから、こんなくだらん写真が届きました。

ダウンロードしたファイル  新幹線にて

しょうもないもの、撮るんだなあ・・・と思いつつも、じつは私、鹿児島空港でこれを撮影しておりました。
熊本県人の血なんですかねえ。

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皆さん、よ~くねらいを定めて、携帯しているあなたの武器を過信しないように!!

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2007年04月15日

日本史2007 最後の晩餐

今回の旅の〆は、大森海岸の「磯源」でした。

おりしも洞爺湖でお世話になったタカシが、久しぶりの休暇で東京に帰省していたので、彼を誘いました。彼の仕事ぶり、そしてミッシェル・ブラという人、そしてその料理、東京生まれのタカシが7年も住み続けている北海道の魅力などの話で大いに盛り上がり、例によって酩酊し、彼に引きずられるようにしてホテルへ帰りました。

タカシ、本当にありがとう!!

そしてこの日の料理ですが、活けのカワハギを肝醤油で食べ、いたく感動し、この肝醤油の作り方も教えていただいたはずなのに忘れてしまいました。親方、また教えてくださいね。

でも最後に食べた磯源の定番 岩海苔の汁 は生き返りますねえ!!

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 「海苔汁の手際見せけり浅黄椀

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Michel Bras その料理

「ガルグイユー」 というサラダに、この Michel Bras という料理人のすべてが詰まっているように思います

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写真を拡大してみるとわかると思いますが、一切れの野菜、もしくは一つまみの葉っぱを重ねただけのものであり、なんのソース(ドレッシング)もかかってません。皿の手前にごま塩や、数種のピューレが置いてありますが、サラダ自体はただの野菜です。ただし・・・・・

・・葉っぱ以外のそれぞれの野菜のひとつひとつに微妙に火が通っています。そしてその野菜のむき方ですが、これもまた一品一品違うのです。手でちぎったもの、棒状に切ったもの、短冊に落としたもの、丸くむいた物・・・・・大根やゴボーなど、短冊状のものはきれいなカーブを描いて反っておりこれはまさしくその素材のうまみを最大に引き出せるタイミングで火が通った証なんでしょう。


その一つ一つの野菜を口にしていくと、裏山や畑から掘り起こし、手で摘み取ってきた自然の恵みのひとつひとつを、手にとって感謝している料理人の姿が目に浮かびます。それらををちぎり、むき、たくみに温野菜と生野菜に仕分けて盛り付けられた・・・・それが「ガルグイユー」でした。


Michel Bras は、毎年秋に1週間ほど洞爺湖を訪れ、自ら腕を揮うそうです。

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2007年04月11日

Michel Bras

フランスの南西部、オーベルニュ地方のラギオール(ライヨール)というナイフで有名な小さな村。この標高1200メートルの大草原の中におしゃれな オーベルジュ・ミシェル・ブラ はあります。洞爺湖を訪れたこのフランス人シェフは、自分の生まれた村への思いをこの地にも見つけ、2002年、洞爺湖 ザ・ウインザーホテル 内に店を出します。

店内の装飾、テーブルの配置、メニューの構成、ワイン、そしてサービスにいたるまで、フランスの店とほぼ同じ様式だということでした。

とりあえずこの日のメニュー(写真)と、その内容ですが、ここからの説明は、うろ覚えの記憶を、タカシに再確認したものです。 

2006-2007 正月 091.jpg 2006-2007 正月 092.jpg 左のたまごは 「ウフコック」。 子供の頃、鶏小屋の産み立ての卵をそのまま飲んだ記憶が原型だとか。スプーンに飾られたamuseは一つが鹿肉のジュースをゼリー状に固め柚子風味にし、その上に野菜のコンカッセを。一つがフォアグラにレーズンのチャツネにうど。一つが甲殻類から取ったソースを泡立てカブやパンをかりかりに焼いて香ばしくしたものを添えたもの 

2006-2007 正月 093.jpg 「ガルグイユー」。オーベルニュ地方の郷土料理名。古くは肉やじゃがいもなどを煮込んだ料理。イメージは『ミシェルの家の畑で取れたもでつくった一皿』。今から20年程前に考えた料理。野菜の数は冬場で野菜20種類、ハーブ20種類程です、根菜類やキノコ、果実が入るのが特徴。夏場は野菜30種類、ハーブ20種類程。葉野菜が増えますソースはオリーブオイルやハーブのソース、赤ピーマンやビーツ、黒オリーブを乾燥させてアッシェにしたもの、ごま塩、サツマイモのピューレなど。季節によりソースも変わります。あとミシェルのソースはよくemulsion乳化させたソースが多いです。生ハムを塩加減の調整に使います。


2006-2007 正月 094.jpg michel bras.JPG 『アワビ』 これは近海で取れたものです。スライスしてさっと火を入れたもの。ソースは甲殻類を煮詰めてムスコバドと言う黒砂糖をいれ甘くしたもの。スープは同じく甲殻類でダシをとったコンソメスープ。飾りに絹さや、とうみょう(エンドウ豆の新芽)レモンの皮のコンフィムスコバドとはインド洋にあるモーリシャス島で取れるあまり精製されてない砂糖。香りが非常に良い。

上右側写真は低温でじっくり火入れしたフォアグラ。これをヌガティーヌ(ヌガー)で挟んだもの。ソースはオレンジのチャツネとヨーグルトのソース、赤ワインビネガーを煮詰めたソース。りんごに一度火を入れサフランでマリネしたもの、飾りでハーブ添え。

2006-2007 正月 096.jpg 北海道産赤頭巾かぼちゃのスープ いろんな野菜を煮込みそこから取れたブイヨンのスープに赤頭巾かぼちゃを裏ごしして中にはほうれん草のソテー上には黒トリュフを削りクリームと合わせてものを乗せたもの。

2006-2007 正月 099.jpg オーブラック地方にいるオーブラック牛の肉質に近いもの。この日は「長崎牛」。サーロインを使用し脂身をきれいに掃除し最初120℃で20分、次に60℃で20分火を入れることにより、ブルーの状態(血のしたたるほど赤く、でも中まで温かい)になります。ソースはバターベースでパースニップと言う白い人参のような野菜のピューレに、にんにくとナツメグを加えたもの。もう一つのソースは豚の背油にハーブを加え豚肉のジュースと合わせたもの。付け合わせはブレットと言う野菜と油で上げたじゃがいものチップを細かく砕いたもの

2006-2007 正月 100.jpg 2006-2007 正月 101.jpg 2006-2007 正月 102.jpg チーズは北海道産2種類カマンベールタイプとフレッシュチーズ両方とも牛乳のチーズ。それ以外はフランスのチーズ。セミハードタイプは本店の村の名産のラギオールでAOC。サンネクテールAOCこれはワラで包んで熟成させたタイプ、トメトド ルチアーナこれはコルシカ島の羊のチーズ。次に、ウッシユタイプ、エポワスAOC、アミド シャンベルタン、両方ともワインで有名なブルゴーニュのウッシユタイプブルーチーズはフルムダンベールAOCとロックフォールAOC。シェーブルはグーノアとコンヌ ド ポ-ル オーブリ。チーズもワインも本店あたり中央フランスのものが多いです。


2006-2007 正月 103.jpg 『クーラン』と言うデザート。古くは流れでると言う意味。1981年にフランスで特許を取ってます。そして二年掛けて考えたものらしいです。ソースが流れでる事で驚きを表現したいとの事。フォンダンシォコラの原型にもなっています。内容はbiscuitの中にチョコレートソース上にはハーブのアイス、かぼちゃのソースにパンブリュレのアイス、ゆずのソースにカルダモンと言う生姜科の植物を使ったアイス、パイナップルのソースに黒砂糖のアイスなどいろんな種類のクーランがあります。


2006-2007 正月 104.jpg 2006-2007 正月 105.jpg 2006-2007 正月 106.jpg
 2006-2007 正月 107.jpg 透明のグラスには下にパッションフルーツのピューレをひき上の白い部分はリキュール。牛乳、クリーム、ホワイトリカーにバニラの香りを付けたもの。砂糖を加えてます。あと白い陶器のカップにはオレンジとグレープフルーツのゼリーを。ちなみに今はコーヒーミルクのゼリー、上にくるみを削りキャラメルと合わせたものを乗せてます。 三番目のデザートはデザートと言うよりガナッシュと言い食後のコーヒーや食後酒などといっしょに食べるもの。

*注 上記にあるカタカナ料理用語で、不明な点があれば、こちらの柴田書店「食の殿堂」 にある、料理百科事典で調べると便利ですよ。


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2007年04月09日

日本史2007 伝説の料理人

通常シェフを志す人間は、調理師学校を出て、いいシェフのいる店やホテルで修行を積み、星のある店へ転職し、そこでそこの料理長もしくはオーナーからサティフィケイト(きちんとその部門の仕事をマスターしたという)をもらい、次の店へ転職。これを繰り返しながら、名のある店のスーシェフ(セカンド)になり、そしてシェフ(総料理長)を目指します。

ミシェル・ブラという人は、フランス南西部にある一寒村で生まれ、どこに出るでもなく、この街でオーベルジュ(宿泊施設付きレストラン)を営む母を手伝い、その母の味を継承し、地元で取れる自然の恵みを最大限に用いて進化させていきます。

そして今、このミシェルの料理を求めて世界中の人がこの村を訪れています。これらの観光客は、その料理に係わるナイフ、スプーン、食器、料理の素材、チーズなど、この村でできるものすべてを土産として買い求めていきます。

つまり、この村で生まれたシェフは、自分で創り上げた料理で、この村のすべてを活性化させているエンターテイナーなのです。

投稿者 sushitomi : 10:33 | コメント (0) | トラックバック

2007年03月31日

日本史 2007 北海道編その4

「タカシ」

タカシは今年28歳。7年前ほど前、東京のホテル学校在席中、新宿ヒルトンに研修に行き、そこで我が友 「鉄板焼きの達人山田時次郎」  ・・「肉の達人」参照・・に出会います。学生最後の休みを利用して、海外に出てみたかったタカシは、山田の紹介で渡米し、我が家に居候。そしてスシトミを手伝ってくれました。

律儀なタカシは毎年連絡をくれていたので、以前から一度会いに行きたかったのですが、彼の就職先は遠く北海道の 「洞爺湖ザ・ウインザーホテル」 です。でも数年前、彼の持ち場がフレンチの 「ミッシェル・ブラ」 に変わった時から、この企画を実現させる機会を待っていました。


「ザ・ウインザーホテル」
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写真はボクが泊まった5階の一番安いプランの部屋からの眺望ですが、これでも3万8000円しました。このホテルは洞爺湖を一望できる山の頂上にあり、ホテルの反対側には噴火湾と太平洋が広がっています。見下ろせばこのホテルのすべての場所からこれらの景色を一望できるわけです。もちろん、ホテル内にも露天風呂を含む大浴場があります。


冬はスキー、夏はゴルフにハイキング、名物は毎日打ち上げられる花火などの高級リゾートですが、なんといってもこのホテル内のレストランの布陣が豪華です。こちらのレストラン案内をみればわかりますが、「美山荘」をはじめ、「わく善」などなど。
私は到着後、「達磨」のソバを食べましたが、もり2枚とおすすめのシャンパン2杯で4000円でした。辛み大根や本わさびなどの薬味とツユはうまかったけど、更級系のソバは、五木のソバで育った無粋なボクには、いまひとつものたりないものがありました。ちなみに、「当店のソバは、一番うまく茹でられ、おいしく食べられる分量です。」 ということで、その盛り加減をご想像くださいませ。

さて、この夜 「ミッシェル・ブラ」 で食事をするわけですが、ここの料理、サービス、またフランスオーベルニュ地方の本家、そしてこの 「ミシェル・ブラ」 というシェフに関してもご存知の方は多いと思うし、検索すればたくさん出てくるので、とても書きづらいものがあります。それになによりも、食い物の感想文というものは、とりあえず飲食業を生業としている身としては、「ほぞを噛む」 どころか、噛んだほぞを咀嚼し、反芻することになりかねませんからね。

でも今回はあえてその禁断の域に足を踏み入れてみます。なぜならばこの夜僕は、食べ物を舌でうまいと感じるのではなく、五感のすべて、もしかしたらシックスセンスまで巻き込んでしまう初めての経験をしたのですから・・・・・・・

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2007年03月25日

日本史 2007 その3 北海道編


「ホタテ工場・湧別」ホタテ.JPG


オホーツクに面したサロマ湖の西側に位置する小さな街 「湧別」 に、サトシ君の家があります。彼の実家は寺元商店。ホタテの加工業を営んでおり、スシトミでもその冷凍ホタテを使っています。ひさし振りの再会でしたが、女満別空港まで出迎えてくれ、彼の工場見学、ガリンコ号で流氷ツアー夜は2時まで紋別にあるスナックで飲み明かしました。気温は氷点下5度くらい。好天に恵まれたため、寒くは感じませんでしたが、さすがにガリンコ号の甲板上は寒かった!!2006-2007 正月 082.jpg
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「すすき野」

JR 遠軽駅まで送ってもらい、ここでサトシ君とお別れ。ありがとうサトシ君。忘れられない一夜だったよ。
特急で3時間半、サッポロも好天でしたが、零下1度。道には雪が積もっています。でもこのサッポロの女子高生も、ミニスカ生足で歩いているのには驚きでした。そして翌日洞爺湖で会う予定のタカシが押さえておいてくれたホテルは、なんとススキノのど真ん中。知る人ぞ知るススキノ「ロビンソン」のハス向かいの東横インでした。


寿し処 すし六

不思議なことにサッポロでは、誰に聞いてもいい鮨屋を教えてくれないんです。「たくさんあるからね~」 と言うんですよね。仕方が無いので、ホテルでもらったススキノマップに出ている鮨屋に○をつけていき、近場の8軒を確認したところで街に出て、順番に歩いて覗き込んでみることにしました。店構えなどで判断してみようと考えたのです。

4軒目に「すし六」がありました。知る人ぞ知るススキノ「ロビンソン」のすぐ裏手です。こじんまりとした玄関の脇に小窓があるので覗いてみたら、カウンターが8席、中に親方と若い板さん、サービスはおかみさんです。ネタケースがなくて、手元の作業が見えるのは、上野の「百万石」と同じです。とりあえずここに決め、ちょっとつまんで面白くなければ次に行くつもりだったのですが・・・・・

ビールを頼み、手を洗いにトイレに立つと、奥の座敷に出ている きれいな薄造り に目がとまりました。銀色に光るその盛り付けがあまりにも美しかったので、カウンターに戻った時には、「なんでも食べますので、おまかせでお願いします。」 と言ってました。親方が、「内地の方ですか?」と聞くので、「アメリカで鮨屋をやってます。」 と言うと、その昔、ドイツや、カナダで店をやる話があり、サンフランシスコにも来たことがあるという親方とそのおかみさんはとても喜んでくださりました。

薄造りの正体は、ニシンでした。丁寧に骨をとり、薄く円形に並べたニシンは、透き通る身と、皮目の銀びかり、そしてその間の脂のピンクがからみ、とてもきれいな絵になっていました。もちろんうまい。カウンターの大皿には、ダシを引いた後の大きな昆布が煮付けてあり、そこには小ぶりのアワビが乗っています。この昆布のザク切り もお通しで出てきたけどうまい。もちろん、その煮アワビ、その他の肴もうまいのですが、一番うまかったのは、エイヒレの煮こごりでした。いい店、いい親方と会えてよかった!!


場所は中央区南5条西5丁目 すすきの通り 電話011-531-5616 親方の名は斉藤守正さんです。機会ある方は、ぜひ私から聞いたと話して、食べに行ってみてください。念のために言っておきますが、この店の周囲にある特殊なネオンの輝きは、この夜の私の行動に一切のかかわりはありません。イワシの頭に誓って!!

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日本史 2007 その2

「落語」

・・・・・・今回はうまく予定を調整し、円橘師匠の「両国寄席」、そして小円朝師匠の「第一回武蔵野小円朝の会に参加することができました。

両国寄席でトリを務めた師匠の噺は「寝床」。円橘師匠といえば、硬い人情話のイメージがありましたが、ヘタな義太夫を語る旦那、そしてその周囲の人たちの戸惑いぶりには大笑い。他の出演者とは段違いの風格ですね。

高座の後は、師匠と井○かーちゃん、フランス菓子職人のシゲちゃん夫妻と私の5人で、近所の洋風モツ鍋屋で打ち上げでした。今年のシリコンバレー寄席が楽しみです。

小円朝の会は初めての独演会と聞いていたのですが、150席の武蔵野芸能劇場は満席。これには驚きました。そして噺は 「長屋の花見」「碁どろ」「宿屋の仇討ち」の大ねた3発。さすがに最後は疲れた様子でしたが、やはりこの人の芸にはなんか華がありますね。枕の振り方もうまいし。高座後は、またしても市川から来てくれた井○かーちゃん、シゲちゃん夫妻、そして私の東京のおっかさんの5人で懇親会に出席。3日禁酒して臨んだ独演会だっただけに、師匠はうまそうに杯を重ねておりました。小円朝.JPG


師匠の次回独演会は、4月16日(月) 午後6時半開場 7時開演です。スシトミML東京近辺支部長のみなさん、ぜひ行ってみてください。


「洋菓子職人」

フランス菓子職人のシゲちゃんは、フランスで13年にわたり洋菓子職人として修行してました。ひょんなことで知り合い、7年ほど前には、サンノゼの私のアパートに3ヶ月ほど居候していたこともあるのですが、帰国後は、関東の「シェ・シーマ」の総料理長、その後九州の「ロイヤルチェーン」の菓子部門の総料理長を務め、現在東京近郊に自分の店を物色中です。開店が決まればまたスシトミイエローページでご紹介します。義理人情に厚く、ごつい指先で作り上げる芸術品にご期待ください。あ~、シゲちゃんのタルトタタンが食べたい!!

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日本史 2007

2月にまた帰国しました。今回は、実家人吉において本来の用事があったのですが、その用事が2回に分けて中1週間を必要としたため、社会見学を兼ねた旅に出てみました。

「ようこそJAPAN」 

・・・・・という、飛行機の片路線が1万円+税金という海外在住者向け割引チケットを目一杯利用し、北は北海道、そして東京で2度の落語、寿司ツアー、博多の焼き鳥など強行日程です。


上野 鮨 「百万石」」

・・・・・今回は成田到着後、そのまま直行。前回はランチ時で、寿司が主だったので、今回は夜。
前回初めてお邪魔して以来、もうすでにトミ寿司の総大将をはじめ、市川在住の井○夫妻、KZなどなどが訪れているため、大歓迎していただきました。旬の刺身はいうまでもなく、自家製の肴を堪能。翌日の移動時に食べる巻物も用意していただきました。

最近スシトミで使っている「ホウボウ」は、その日の白身の一押しでした。初めて食べたけど、寒くなると甘みが急に増すそうです。名物自家製からすみの味噌つけ は、干した粘着力のあるからすみではなく、生のボラのたまごを味噌漬けにした、いわば 「とろけるからすみ」 ですね。今回も文句なし!!


「博多 焼き鳥「花山」」

・・・・・スシトミML大分支部長のしんちゃんを呼び出し、二人で焼き鳥のフルコース+ラーメン。ここはとにかくメニューが豊富です。この歳ではフルコースを取ると、さすがにきつい。「しろ」、「バラ」、「自家製ソーセージ」などなど20本以上食べたんじゃないかなあ。でもなんといってもここの酢の物が一番好きです。今回は「キクラゲをたっぷり和えた子袋」 でした。う~まい!!


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写真は幼馴染のキクちゃんが経営する、中州歌舞伎座地下 「御膳屋 の玄関口に飾ってある焼き物の竜です。高さ1メートル弱あるこの竜の作者は、これまた私の幼馴染で、人吉にて「一勝地焼き」 の継承者である高場英二君の手によるものです。


「方向音痴」

・・・・・今回は安い 「東○イン」 から、最高級「ザ、ウインザーホテル」 まで、実家以外はほぼホテルでの宿泊でしたが、どこへ泊まっても、私には直しがたいクセがあることを再確認させられました。

部屋を出るときに、ほぼ100%、エレベーターとは逆方向に歩きだしてしまうんですよね。しかもどちらかを迷うのではなく、ササッと足を踏み出してしまうんです。そしてかなり歩いてから、その間違いに気づく。「部屋を出てまず確認したらいいのに!!」、と自分でも思うのですが、これができないんですね。じつは日常の運転でも、逆に走ることが常で、「101下りてエルカミーノをサンノゼ方面に走って・・・・」なんて言われると、間違いなく、でも確信を持ってサンフランシスコに向かっちゃう。そしてかなり走ってから、「あれっ?」 となるんです。

どうやら私には、座標軸が南北の1本しか仕込まれていないんですよね。しかも頭の上が北で、地面が南だという認識しかないため、そこに急に西とか東が入り込むともうダメなんです。しかも 「えいごこんぷれっくす」 の私に、「EAST」とか「WEST」の看板が飛びこんでくるとそら~もうパニックなんですね。私の頭の上が常に北を指したたまま、カーナビの画面がグルグル動くように思考するのは不可能なんです。

恥ずかしい話なので、具体的に何歳の時までとはいえませんが、じつは私、お日様は西から昇って東に沈むと思ってたんです。そう、あの漫画の主題歌を、あのこぶしのきいたうなり声をずっと真に受けていたのです。「西から昇ったお日様が、東~にしず~む~」 papa.gif


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2007年03月24日

今週の名言

同郷で、我が人吉高校の大先輩O方さんは今年御歳89歳。月に2度ほど、ランチにひとりで来ます。鮨をつまみながら酒を1合飲んでは 「あー生き返る!!」 とつぶやき、ウエイトレスをからかっては 「あー若返る!!」 と笑い、そして 「しゃべりすぎて喉が渇いた」 といってはビールの小瓶を1本飲んで帰ります。

そのO方さんの今週の名言・・・・・・・・

私・・・・・・・・・「うちの畑が荒れているんだけど、なにか土を足したほうがいいですかねえ?」

O方・・・・・・・「若い頃、女房を可愛がったようにして、畑も可愛がらなきゃいかんよ。」

私・・・・・・・・「年取ったら女房は可愛がらなくてもいいんですか?」

O方・・・・・・「そりゃ、若いときのようにはいかんだろ? 畑は常日頃から手入れしてやらにゃあいかん。一度放り出すとなあ・・・・・」

私・・・・・・・「O方さん、最近はどうなんですか? おかーちゃんの方は?」

O方・・・・・・「この頃は話すこともないでなあ。お互い相手が息をしてるかどうかだけは確認しておる。」


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2007年01月08日

ポリティカリー・コレクト

ついに(またもや?)出たな!! という感じですね。1月6日付けの新聞記事ですが、「日本魚類学会(松浦啓一会長)は、「バカジャコ」「イザリウオ」など差別的な言葉を含んだ魚の標準和名を改名する・・・・・・

http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20070106i507.htm

・・・・・というやつです。「日本魚類学会標準和名検討委員会」 という、いつ、どこでできたのかはわからないけど、なにやら頭のよさそうな人たちの集まりが出した差別的標準和名の改名案とやらがこちらにあるのですが・・・・・・

http://www.fish-isj.jp/iin/standname/opinion_collection/change_name.html

・・・・・はっきり言って、こんな魚の名前と姿が一致する人がいったい何人います? それに、「バカ」 や、「イザリ」 っていうのは差別的言葉なんですかねえ。改名案では 「イザリウオ」 が 「カエルアンコウ」、「イザリウオモドキ」 が 「カエルアンコウモドキ」 にされていますが、アンコウも、カエルに似ていると言われたり、モドキ扱いされたら差別だと騒ぎ出すんじゃないですかねえ。

そういえば落語の三遊亭円橘師匠も、古典落語なんぞ、「頭のよさそうな人たちの集まり」 の前では、危なかしくってまともに話すことが出来ないとおっしゃってましたっけ。
この方針でいき、「ノートルダムの背むし男」 が 「ノートルダムのセダカ男」 とか、「ノートルダムのニライ男」 にされちまったら、間違いなく古典は滅びますね。

藤原正彦さん が著書の中で 「自己満足のポリティカリー・コレクト」 がこの国をどれだけ骨抜きにしたか・・・・というようなことを書いてましたが、まさに抜かれていく骨が偲ばれる記事でした。

投稿者 sushitomi : 23:36 | コメント (0) | トラックバック

2006年12月26日

師走雑感

その1・・・・・自分の 「えいごこんぷれっくす」 を棚に上げて言うのもなんだが、変な日本語訳を見つけるとつい笑ってしまい、間違いを指摘してやりたくなる。自分もそういう英語を話してるクセになあ。
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その2・・・・「久保田」でおなじみの朝日酒造からは、毎年賀状が届く。今年の文面には、新工場が完成し、いい酒造りができる環境が整ったことが淡々と書かれている。
地震の被害の年もそうだったが、過不足なく、いい酒を提供し続けたいこと、そして海外で購入してくれる客への感謝だけが綴られている。大ブランドになっても謙虚。うまいはずだ。
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ちなみに私は最近、「八海山大吟醸」を少しだけヌル燗にして飲むのが大好きです。五臓六腑にしみわたりますね。でもこれが飲みたければ、他所の店でたのんでね。面倒だから。


その3・・・・ひたい(前頭部)の後退にともない、他の体毛が成長し、特に顔中のヒゲが濃くなってきた。体温の低下を防ぐため、全身が必死でバランスを取っているんだろうか。皮膚の弱い私は電動シェーバーにはこだわります。これまではパナソニック製が多かったのですが、前回帰国した時、可愛い店員さんに薦められ、衝動的に日立製の新機種を買いました。でもこれがダメなんですね。繊細すぎる。仕上げにはいいのですが。

そこで前々から気になっていたBRAUNのシェーバーが、COSTCOで山積みされていたので買ってみました。大げさな箱、でかすぎる台座(バッテリーチャージ+自動洗浄、乾燥システムとやら)、そして携帯用乾電池式シェーバー付きで130ドル。大げさだなあ・・と思いつつも使ってみると・・・・これがなんといいんですよね~。びっくりしました。あたりも柔らかいのでどの角度からグイグイ押し付けても平気です。日本製だとひっかかりそうで怖いのですが、安心して深剃りがききます。あんまりうれしくて、思わず頭髪まで剃りあげるところでした。

その4・・・クリスマス前になると、普段は温厚なアメリカ人たちも好戦的な一面を表してきますね。デパートの駐車場争いがそれです。クラクションはともかく、急発進、急バック、ふてぶてしく知らんプリしたり、大げさなアクションをとったり。米国紳士淑女の変化を見て楽しみ、自分のイライラはなるべく押さえるように心がけています。

その5・・・クラクションといえば、これを押し続けるのには勇気がいりますよね。ほんの3秒でもとんでもない効果があり、おのれの鋼鉄の意志を表明することとなり、怖いものがあります。ところがこのクラクションを最大限有効に活用するお国があります。大阪ではありません。ベルギーなんですね。私はこの国に2年間住み、運転もしましたが、この雑多な移民で構成される小国において、車のクラクションが壊れるのは、タイヤのパンクよりも困り、ブレーキを踏む回数より、クラクションを鳴らす回数の方が多いのではないかと思われます。しかも平気で10秒以上押し続ける。しかも鳴らし返すやつもいれば、そのイサカイにはらを立てて鳴らしだすやつもいりゃ、自分が鳴らされていると勘違いしたバカまでが鳴らし始めるので、収拾がつかなくなる。よく見ると、パトカーの警官までが、クラクションでコトを収めようとしてますからね。

その6・・・ベルギー人のクセをついでにもうひとつ。ペットが好きで、犬を連れ歩くのはいいのですが、フンの後始末を絶対にしません。街中は通常石畳かコンクリートですが、どんな繁華街であろうと、平気で垂れ流しです。大型犬のそれなど、街中の歩道で見かけると、本当にでかくて驚きますよ。

あるとき、いかにも金持ちそうなマダムが日傘をさし、小型犬を連れていたのですが、路上で用を足させた後、バックからティッシュをとりだしたではありませんか。「ほー、やはりマナーは階級に比例するものなのかな?」 と思うと、そのオバハン、犬の尻を拭いて、そのティッシュも投げていきました。

ベルギーからアメリカに戻って13年。来年あたり訪ねてみたいなあ。

イライラついでに、昨年書いたイライラ状況を再掲載しておきます。皆さん、慌しい年の瀬です。ご自愛くださいませ!! そして良い年をお迎えくださいね。


・・・・・・買い物するのにいつもの倍時間が必要な時期になりました・・・・・・・。

おばちゃーん、小銭ひろげるんじゃないよ。後がつかえてんだから・・・。76セント? ほら、クオーターも持ってるじゃない。それ使いなよ。クオーター3枚とペニー1個だろ。あーあーなんでダイムとニッケルを。 え? 2セント足りない? だから最初からクオーター出しなってーのに・・・・・・。

なにやってんだよねーちゃん。レジの中のコインくらいちゃんと補充しときなよ。違うよ違う。コインの紙指では剥けないんだよ。そのレジの角でトントンたたいて破るんだよ。あー? ひねるんじゃないよ。ひねったって破れないんだよ。俺急いでるんだよ。トントンたたけよ!!!・・・・。

え? 奥さん、味噌買うの忘れていた? 関係ないよ。あきらめなよ!!皆待っているんだからさー。アーアー取りに行っちゃった。なにやってんだよ。俺先に行かせてくれよ!!・・・・・・。

えー? レジのレシートがなくなった? うそだろ?? 準備しとけよ。なんで俺の前で切らすんだよ。いらねえよ。レシートなんか。早くつり銭くれよなー!!!!!


投稿者 sushitomi : 10:20 | コメント (0) | トラックバック

2006年12月20日

戦争の作り方 そしてその後

これはうまくできたサイトですね。5000年の歴史の中でみると、おらが領土の争いがむなしくなります。
が、それでもやめられないとまらない。思えば子供の頃、机の境界線をめぐり、消しゴムカスを飛ばしあって喧嘩の発端になったことがよくありましたっけ。どこから見ても、月は同じ月なのですが。
http://www.mapsofwar.com/images/EMPIRE17.swf

投稿者 sushitomi : 09:21 | コメント (0) | トラックバック

2006年12月10日

「戦争のつくりかた」

シリコンバレー地方版 http://www.kosa-ca.com/news/の編集後記で、「戦争のつくりかた」 が紹介されていますが、ここまでシンプルに説明されると、より怖いものがありますね。
でも、9・11の衝撃は未だに引きずっているのに、イラクの実態はあまりにも自分たちの日常から離れていて、鈍感になっています。
この 「りぼん・ぷろじぇくと」  のサイトで見つけた、伊丹万作さんが58年前に書いた文章は、けっして終わったことへの反省ではなく、今でもどこでも誰にでも通用しますね。http://www.ribbon-project.jp/book/itami.html

平和な日常に身を置く輩として、耳が痛い。それにしてもこの大監督の享年が46歳とは。この文章を書いた脳みそがもったいない!!


投稿者 sushitomi : 08:45 | コメント (0) | トラックバック

2006年12月08日

金曜日のランチ

昨夜はスタンフォード某ラボのクリスマスパーティー(50名規模)に呼ばれ、鮨を握ってきましたが、知ってる客は一人しかいませんでした。
日本人とアメリカ人半々くらいなのですが、皆上品!!スシトミの客層とはずいぶん違い、がっつかないし。唯一の知り合い桜○君だけが、何度もお代わりに来ていたけど、その代わり後片付けを手伝わせ、ビールを持ってきてもらいましたが・・・桜○君ありがとう。

辛口チキンカツカレーです。お代わり大盛り遠慮なく!!
今日は本マグロ刺身定食$12.90もあります。赤身、ちゅうとろのコンビでお得ですよ。

Hana の各定食には、2ドル追加で3pcの焼きぎょーざをつけることができます。

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2006年12月04日

「俺流ダイエット」 その後

師走のとある朝、久しぶりにぽかぽかと暖かいので、娘と公園に出る。
かってよく歩いた場所だ。1周するのに何分かかり、何歩で回れるかも知っているし、挨拶を交わす老人もできた場所である。そう、あの固い決意とともに始めたはずの 「俺流ダイエット」 はとうの昔に挫折し、最近ではこの公園に来ることすらおっくうになっていたのです。

ベンチに腰かけ腹を突き出し、娘が遊んでいるのをぼ~っと眺めていると、公園の向かい側に、歩くとも走るともつかぬ様子で、動く男を発見。なにやら腰を押さえ、上半身をかなり深めに前傾し、片足を引きずるように移動しています。「あ~あ、これはまた、間抜けな素人がダイエットに手を出し、途中で腹でも下したんだな?」( 「俺流ダイエット  怒涛編」   ウオーキング 3度目参照) と思っていると、遅いけど着実に私の方へ向かってきます。そしてこの男をはっきりと見た私は、鳥肌がたち、目頭にわさびをつきつけられたかのように、熱くなりました。見事にシェープアップされた体躯を持つこの男は、おそらくなんらかの理由で痛めた片足のリハビリに取り組んでいたのでしょう。顔をゆがめ、汗まみれになって通り過ぎて行きました。

じつは私、こういうのにとても弱い。ダメなんです。すぐモーレツに感動してしまうクセがあるのです。カリスマ理容師のシゲちゃんは、子供の運動会前の1週間や、「海猿」のコマーシャルの間、突如腕立て伏せを始めるという軽い病気があるようですが、私も負けてはいられません!! この日は嫌がる娘をひったくるように抱え込み、背筋を伸ばし大股で、ちょっとだけ遠回りして帰途につきました。

この感動を少しでも分かち合おうと思い、帰宅してすぐ女房に報告すると、「フンっ、どうせあんたは鶏糞(フン)だから。」 ・・・・・中国では意志の弱いことを、「ニワトリのウンコは、最初は固いけど、途中からゆるくなる」 と揶揄するのです。「鶏口となるも牛後となる勿れ」 ・・・・幼い頃、両親や先生によくいい聞かされた言葉ですが、不惑を過ぎ、天命を知る日も近い私にむかってこの愚妻は ひとのこと鶏フン呼ばわりしやがって!! もう許せません!!断固として「俺流ダイエット」再開です!!! けっして「俺流(プチ)ダイエット」にはならないように・・・・・

投稿者 sushitomi : 16:46 | コメント (2) | トラックバック

2006年11月29日

男と女の方程式

英語のチェーンメールが回ってきました。おもしろそうなんですが、意味がわからないので地方版編集長に翻訳してもらいました。けっして編集長の意見ではありませんので、念のため。


・買い物
男性は必要なものなら10ドルの物に20ドル払う
女性は20ドルの物を10ドルで買えるなら不要な物でも買う

・算数
賢い男性+おばかな女性=ロマンス
賢い男性+賢い女性=不倫
おばかな男性+賢い女性=結婚
おばかな男性+おばかな女性=妊娠

・口論のテクニック
口論の最後の一言を仕切るのはいつも女性
その後の男性の発言は新しい口論を始めるだけ

・幸せについて
男性と幸せに暮らすためには、精一杯彼を理解してあげること。 そしてちょっ
ぴり愛してあげること。
女性と幸せに暮らすためには、精一杯彼女を愛してあげること。 そして決して
理解しようとなんて考えもしないこと。

・変化
女性は男が変わってくれると信じて結婚する、だが男は一生変わらない。
男性は女が変わらないと信じて結婚する、だが女は結婚すると変わる。

う~ん、かなわないわけだ。 それにどんなに強くなっても、どんどん強い闘鶏になっていくだけで、けっして「木鶏」にはなってくれそうにないし・・・
これじゃあ、つけ入る隙がありませんな。

投稿者 sushitomi : 16:18 | コメント (5) | トラックバック

2006年11月28日

「さんすうこんぷれっくす」  

私の 「えいごこんぷれっくす」 はすでに周知のことでありますが、もうひとつ 「かみんぐあうと」 しますと、じつは算数の出来もよくありません。私がつけて出すチェックに文句を言う御仁もいますが、忙しいときに、きちんと暗算できないので、多少は切り上げてしまうのも仕方のないことなのです。ちなみに私の隣につっ立っている「オッチョ」なんて、自分専用の電卓まで用意して計算していますが、彼は「えいご+さんすう+きかいこんぷれっくす」なので、その使い方さえも信用できません。

それによく 「どんぶり勘定」 なんて言われますが、いくら 「どんぶり」 でも、長年のカンというものがありますから、そんな突拍子も無い高値をつけることはありません。絶対損だけはしないようにするのはもちろんですが、取り過ぎも禁物なので、「あれ、今日は少し飲みすぎたかな?」 と思わせるくらいのさじ加減も重要ですね。一番嫌いなのが、客に 「お、なんだ今日は安いなあ!!」 と言われる時ですね。これは悔しい!!次を見ていろ!! と思っちゃう。

ちなみに私の横に立つ 「みっちゃん」 から、かって一緒に働いたバリバリ鮨職人Kさんのすばらしい名言を聞きました。
Kさんのつけた刺身代のインフレぶりに、「みっちゃん」 が思わず 「えっ!!」 と驚くと、Kさん低い声で一言・・・・「おい、鮨屋がビビッてどうすんだ」 と、のたまったそうです。この言葉をかみ締めながら、私はいつも勘定を出しているわけですが、「さんすうこんぷれっくす」 は今後もぬぐいきれないでしょう。その上最近の新聞記事を見ていると、「こくごこんぷれっくす」 にまで陥りそうですね。


「松阪の落札額は5111万ドル(約60億万円)、井川が約2500万ドル(約29億円)」 「 レ軍は年平均で700万~800万ドル(約8億1200万~9億2800万円)を提示、ボラス氏は1500万ドル(約17億4000万円)を要求していると予想。その差を「太平洋ほどの差」と表現した。」 

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2006年11月27日

横綱審議委員会の品格

相撲やボクシング、高校野球などへの興味を失ってから久しいのですが・・・・・これは自分が老化し、スポーツ観戦の熱が冷めたからなのか、それともかってのようなヒーロー、もしくはヒールとの名勝負がないからなのか・・・・

いや、どちらでもありませんね。興味が半減するのは、そのスポーツを取り巻く組織や、あいまいなルールなんですね。以前にも書いたことですが、すべからく○○連盟とか、凸凹協会というものが表に出てくるとつまらなく感じさせられてしまう。オリンピックの代表選考会などがいい例です。

相撲の 「横綱審議委員会」・・・これがまた不思議な集まりですね。なんでも各界の有識者とやらで、相撲への造詣も深い面々ということですが、今場所優勝した朝青龍に対してまたもクレームをつけています。しかも全員。前々から思ってましたが、これは間違いなく人種差別であり、いじめですね。あるわきゃ~ないけど、朝青龍がもし自殺でもして、遺書にこれまで相撲に関わって傷ついたことをすべて書き並べたら・・・・そのときモンゴルやハワイ、欧州各国から公式にクレームをつけられたら・・・・このお歴々のコメントは見ものですよ。

小兵ながら・・・、気迫あふれる・・・、立会い前から気合充分の、・・・・土俵際の踏ん張り・・・・などなど、よく耳にする力士への褒め言葉が、朝青龍にはすべて該当しますね。そして勝っても負けても、インタビューには日本語できちんと答える。かって名横綱と期待され、担ぎ上げられていた角界のプリンス2世は、無言とポーカーフェイスが売りでした。引退後急に饒舌になったようですが、朝青龍が今、彼を手本にしたら審議会は喜んでくれるんですかねえ?
「われ未だ木鶏足り得ず」とは、名横綱と称される 「双葉山」 が用いた言葉ですが、この横綱審議委員会はただの鶏の集まりとしか思えない。

「国技の伝統を維持する」 ために集まる有識者の品格も問われますね。
 

投稿者 sushitomi : 16:17 | コメント (0) | トラックバック

2006年11月01日

スシトミ瓦版 マリアッチの夜

先週土曜日の夜、たまたま休みに当たった私は、市内某所で開催されたハロウインパーティーに参加してきました
この会の目玉はなんといってもワインです。カリフォルニア各地の銘酒、しかも年代ものを約25本ほど一度になめることが出来るなんて・・・

少しだけご紹介してみると・・・・・・Patz & Hall ('90), Shafer ('95), Caymus ('94), Silver oak Napa (1985), Ridge Monte BelLo (1988), などなど・・・

誘ってくれたあなた!!、この言い尽くせない感謝の気持ちは、来年のパーティーの夜まで持ち続けますね!!!

写真はもうひとつの目玉、マリアッチの演奏です。どういうわけか子供が目の前を走りぬけた様が写り、あとで見てビックリ!、ハロウインの亡霊かと思いました。マリアッチ.JPG

投稿者 sushitomi : 09:03 | コメント (0) | トラックバック

2006年10月23日

日本史2006 番外編 その2

「和式」・・・・・またまたトイレネタですが、久しぶりに日本を駆け回るとどうも胃腸に変調が起きやすい。そして、そういうときにかぎって、どういうわけか僕は和式トイレに出くわす羽目になるのです。洋式慣れすると、和式はしゃがんでも尻と便器の間に距離感がありすぎ、的をはずすのでは・・・・と、不安になるのですが、今回ようやくその理由がわかりました。・・・・・・・・・昔に比べて、ヒザが曲がらなくなり、腰が深く落ちないんですねえ~。

昨今、コンビニ前でうん○座りしている若者を嘆くお年寄りが多いようだが、これはやりたくてもやれないんだな~。


「えいごこんぷれっくす」・・・・・・空港での手荷物検査の時のことです。・・・「Can I lay down ?」 ・・・・・いかにも新人風の可愛いらしい女性審査官が、ニッコリ微笑みハキハキと、しかもカナ釘流の英語で白人さんに聞いています。・・・・・・・・「???」・・・・女性は白人さんが立てて置いたバッグを寝かせる仕草で、再度同じ発音を繰り返しました。

もちろん意味は通じたのですが、えいごこんぷれっくすの僕は、なにかおかしいとは思いつつも、本当はどう言えばいいのかがそのとき思い浮かびませんでした。

帰米後、イジワルな僕は、私の横に立っている「オッチョ」に聞いてみました。「おい、オッチョ、こういう場合、この英語ではなんかおかしいだろ? 君ならどう言う?」

「え? Lay down ってなんですか?」

 「・・・・・・。あれ? ごめん、君にはちょっと難しかったかな。つまり、あれだ。おそらくこのままでは、女性が 「私は横になってもいいですか?」 と、言ったように聞こえると思うんだ。そうではなくて、この白人さんのバッグを横にしたい時に、彼女がどう言うかなんだけど。」

・・・・「女性がこの白人さんのためにしてあげたいんですよね? だったら for you をつければいいんじゃないですか? 
「 Can I lay down for you ?」・・・」

「オッチョ」の大きな頭には、重い脳みそが詰まっているようだけど、皺(シワ)は無いようだ。

「ちらリズム」・・・・・女性のちょっとした仕草により、チラリと見え隠れする肌や下着には、何歳になっても胸がトキメクものです。が、不惑を過ぎた男に、21世紀の夏はちと刺激が強すぎました。

昔なら、その一瞬の余韻に濃い血時間は、アレ? 小一時間は浸ることができたのに、昨今は思わず目をそむけてしまうほどの状況も少なくありませんな。なんせしゃがんだ女性のパンツの横のゴム線どころか、縦の割れ目に沿う線まで○出しなんですから。

かって日本男児は、着物の女性のうなじや小股の切れ上がりに胸をトキメカセタ時代もあったんでしょうね。・・・・昭和は遠くなりにけり・・・・

投稿者 sushitomi : 06:54 | コメント (0) | トラックバック

2006年10月11日

日本史2006 番外編博多の巻

博多は私の第2の故郷です。人吉高校卒業後、博多の某有名進学校(塾)に通い、勉学に励みつつも、その日の疲れを癒すべく、これまた熱心に通った屋台がありました。花山 2.jpg


箱崎宮の参堂入り口にある屋台 「花山」 です。おそらく当時二十歳台だった花山さんは、花山.jpg

いつも元気がよく、一見さんでも、常連さんでも同じように笑顔で迎えてくれ、おいしい焼き鳥を出してくれました。花山特製の酢醤油があるのですが、僕はこれをつけて、炭火焼のバラを食べるのが好き好きで、〆はいつもラーメンでした。

花山のメニューは豊富なのですが、人吉の両親がおのれのすねを削りに削り、ありもしないバカ息子の将来に投資した貴重な仕送りから、さらに工面して捻出する酒代です。そう多くは食べられないので、必然的に腹持ちの良いバラ系統が多かったように思います。

今回博多に住む幼馴染、キクちゃん(御膳屋代表)と会うために、成田ー羽田から最終便で福岡入りして、御膳屋中州店(菴離 いおり) http://www.ozenya.com/  に出かけ、飲み、かつ喰ったのですが、キクちゃんと別れたあと、タクシーを飛ばして 「花山」 に行ってみました。26年ぶりのことでした。

屋台は当時のまま、同じ場所に位置していたのですが、残念ながらもう閉店した後でした。遠まきに覗き、花山さんを探してみると、なんと、26年前とまったく変わらぬ笑顔で残った客と話しているではありませんか!!あまりにもそのまんまの雰囲気なので、フラフラと屋台に近づくと、この花山さんが 「へいラッシャイ!!、でもごめんね、火~落としちゃってもうおしまいなんですよ。でもせっかく来たんだから、ビールでも飲んでいく?」 「いく。いきます。ビールください。」 というと、自らビールを注いでくれたうえに、「酢の物でよければ食べる? 子袋だけど、うまいよ?」 「酢の物食べます。子袋ください。」 

すでにビニール袋に仕舞われていた子袋を小皿にとり、ネギをひとつかみ、それに特製の酢醤油をぶっかけて出してくれました。鮮度がよく、しゃきしゃきした触感に懐かしい酢醤油が混ざり、照明を落とした屋台の中はタイムスリップしたようにセピア色にかわります。

「兄さん、久しぶりだよねえ。元気だった?」 「え!! 覚えているんですか?」 「そらそうクサ。よく来てくれていたもんねえ。」 「僕、25年くらい前によく来ていたんです。その後東京に出たんですが、博多にいた友達が東京に遊びに来るとき、花山さんに話したら、{ じゃあ、この酢醤油土産にあげてくれ.} と言って、ビニール袋に入れて持たせてくれたんですよ!!」 「おう、そういうこともあったなあ。もう1杯飲むかい?」

商売の神様ですね。この花山さん。おそらく私のことなど覚えてはいなかったことでしょう。でも、閉店後に来た客でも、せっかくきてくれたんだからと、きちんと応対してくれたんだと思います。

今度博多に行くのが楽しみです。きっと、「おう、兄さん、久しぶりだねえ!!」 と言って、変わらない笑顔で迎えてくれることでしょう。

博多 焼き鳥の花山
http://hw001.gate01.com/hanada65/


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2006年10月10日

日本史2006 番外編

この数ヶ月、熊本の実家に野暮用ができ、5月のバケーションを入れると今年だけで3度も帰国しました。21年の滞米生活で5回しか帰っていなかったのになあ。まあ、店を閉めることもなく、こうして気軽に帰ることができるようになったというのは実にありがたいことなのですが。

8月に続き9月にも帰ったものの、ほとんどが人吉、しかも慌しかったので、毎日実家の漬物ライスか、高速の立ち食いうどんという寂しい食事内容でした。
唯一実家の庭先で取れたサトイモと大根葉の味噌汁はうまかったかな。

そんな中で、行き当たりばったりながらなんとか時間を作って 「一食入魂」 !! いくつか立ち寄った店で、大満足したレポート、日本史2006番外編です。

金曜日の鹿児島発最終便が遅れ、楽しみにしていた大森海岸「磯源」での寿司を逃した私は、翌日午前中の野暮用を都内で済ませ、14時40分発の京成ライナーに乗るべく上野に向かいます。上野駅到着12時半。半端な時間になり、食事をどうするか考えながら立ち寄った本屋で、上野近辺の寿司屋を探したところ・・・・・・・

「百万石」・・・・・・百万石.jpg

なんと徒歩5分。迷わず駆け込みました。住宅街の一角で、昼間はよく注意して見ないと見過ごしてしまいそうな場所でしたが、
中に入ると店内は明るく、純和風の檜つくり。カウンターにはネタケースが置いてないのでちょっと気後れしましたが、二人の板前さんが明るく手招きしてくださったので、すんなりとカウンターに座ることができました。

時間があまりないこと、お腹がすいているのでおまかせで寿司をいただきたいことを告げ、ビールの大瓶を頼むと、若手の(私と同年輩か)板さんが寿司の準備に取り掛かり、年配の親方が小鉢で3点盛りのおつまみを用意してくださいました。

イカのヅケとオクラの和え物、ハモ、いくらの醤油漬け です。ねっとりしたイカとオクラの相性は夏のお通しにいいですね。これならアメリカでも出せそう。次にハモですが、じつは田舎ものの私は、これまでにあまりハモを食べる機会がなく、しかもおいしいと思ったことがなかったのですが、ここのは冷たくしてあるのにホクホクした感触があり、しかも甘みがあるのです。ほんの少しだけのせてある梅肉も、酸味を感じるのではなく、この甘みを上品に引き出してくれていたようです。最後にいくらですが、じつはいくらもあまり好きなものではありません。ところが多めに張られたこの出し汁がうまい!! 醤油辛いのではなく、濃く色の付けられたおいしいダシ汁なのです。しかもいくらは新物、採りたてでちょうど漬かり頃だということでした。ちなみにハモは淡路島産だそうです。


私と板前さんの間にはなんの仕切りもなく、じかにまな板の上の仕事ぶりが見えます。
最初のイサキで目が覚めました。時差ボケどころではありません。

カレイ、赤身、ちゅうとろ、トロ、ヅケ、シンコ、みる貝、生ホッキ、アジ、うに、いくら、寿司だねの名前を言いながら淡々と握っていただくのですが、こんなに夢中で寿司を喰らうのは初めての経験です。途中、八海山を一合もらうと、すかさずぐい飲みサイズの、冷たい茶碗蒸し が出てきました。何も具は入ってないのですが、これもダシがうまい!! 最後の一口、底の方に梅肉が少しだけ仕込んであり、これもまたアクセントとなって夏の小鉢に最適です。アナゴは煮詰めと塩の2種類が出てきました。私の持つ語彙では言い表せないので、もう言いません。ただこの塩を褒めたところ、親方が、「お土産にあげるから、アメリカで使ってみてごらん。」 と言い、2種類の塩をいただきました。玉子焼き、そして最後は親方が かんぴょうをさびを効かせて巻いてくださいました。

寿司だねとシャリのバランス、親方が裏方に回り、若い板前さんが表に立つ。笑顔でサービスする女将さんと若い衆。素敵な店と人に出会うことができました。

ちょうど1時間、私の不躾な質問にも、笑顔で応対してくださりありがとうございました。

野「百万石」 はこちらです・・・・・・ http://r.gnavi.co.jp/a150800/

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2006年10月08日

故郷より愛を込めて

最近、人吉出身者からはすごい人が出てるんだねえ!! とよく言われますが、なーに、すごいのは人脈だけではありません。人口4万を切る過疎の町になりましたが、飲み屋の数、パチンコ屋の数でもよその町には負けません。そのうち、人吉市民の5人に1軒の割で飲み屋ができても不思議ではありませんな。そんな中で、これはよそには無いだろ~!! というお宝画像が届きました。ジャ~ン!!

これはスシトミML人吉支部長(じゅん痔)君からの投稿写真です。市内某居酒屋のトイレに付属する珍妙な設備ですが、 「嘔吐(もどし)専用」 と書かれています。でもこのフタ開けるのにはかなり勇気がいるなあ。

どやシゲちゃん、これは沖縄にはないやろ~?

トイレc.jpg

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2006年10月05日

スシトミ瓦版 我が良き友よ 2006

このところスシトミ常連さんを含む知人たちの中で、ご自身の本を出す方、長年の研究の成果が新聞などにとりあげられた方などなど、うれしいニュースが続いています。

考えてみると、私も不惑を過ぎ、いつのまにか天命を知る歳に近くなってきております。このシリコンバレーという、刺激のある人たちが集まる場所に店を構えると、周囲にそういう人が出てもおかしくないですよね。そしてそういう方々が、息抜きに店に来て飲み喰いし、バカ話に興じてくださるのが、私のささやかな喜びでもあります。
せっかくですから、2006年現時点で、そういう話題になった方をご紹介しておきます。折りあれば皆さん、これらの人の著作にぜひ触れてみてください。


松谷隆さん・・・・・・スシトミMLでは、「横浜のご隠居」 としてよくご登場していただいておりますが、企業OBペンクラブのメンバーとして、「年金暮らし心得手帳」をはじめとする、数々の指南書を共著されています。なかでも最新の卒サラ川柳 「不良老人たちの溜息」 の中では、「零門」 という俳号で、雷を落とされることもあり、私は自分のことを言われているようで、気を引き締めております。隠居後に英語検定試験上位で合格、太極拳師範取得、このご隠居は隠居の鏡ですね。http://books.yahoo.co.jp/book_detail/31693681

石橋善一郎さん・・・・・この人は私と同じ歳です。最初に会った頃は上記の松谷さんと同じ会社の若き駐在員でしたが、日本から社長をはじめとする上司が来ると、必ずご指名のかかる不思議な徳の持ち主でした。本人はいたって真面目なのですが、カラオケに行くと、沢田研二の歌を熱唱するなど、何事にも全力投球なのが魅力なんですね。いつの間にかスタンフォードでMBAを取り、いくつかの会社に勤務した中のひとつがインテルで、今回の本の作成に携わることになったようです。http://www.amazon.co.jp/gp/product/4478340242

飯野謙次さん・・・・・この人も私と同じ歳です。日米往復で、半分しかアメリカにいない状況ですが、アメリカに居るときは、顔を出してくれ、スシトミMLへの貴重な情報(真面目部門)の提供者でもあります。先日 [ 「失敗をゼロにする」のウソ ] が、ソフトバンク新書から出ました。http://www.sbcr.jp/books/products/detail.asp?sku=479733360X

梅田望夫さん・・・・・梅田さんに関してはもうなにも語る必要はないでしょうが、じつはこの方とも同じ歳なのです。それにしても、最初の著作「シリコンバレーは私をどう変えたか」 を出し、その本をいただいて読んだときには、同じ場所に住み、同じ歳なのに、自分とはずいぶん違うことを考えている生きている人なんだなあ・・・・と変な感心の仕方をしたものでした。http://www.amazon.co.jp/gp/product/4104486019それが今や、文庫本を開くと、梅田さんの顔写真(折込広告)が落ちてくるほどの売れっ子ぶりとなりました。最新作はこちらです。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4480422536/

中村孝一郎さん・・・・・上記の梅田さんに、かってこのように http://www.shinchosha.co.jp/foresight/main/data/frst200308/fst.html 紹介されたことのある中村さんは、実は私と同じ人吉で少年期を過ごした、後輩になります。スシトミに出入りしている頃は、大盛り飯に味噌汁のお代わりで腹を満たしていくのが常で、万年欠食児童と呼ばれたり、最近ではスシトミML横浜支部長付き宴会係長としてよく登場しております。梅田さんには 「三顧の礼で迎えられた男」 と称されてていましたが、私にとっては、「三食支給に釣られた男」 の方が似合うと思うのですが。良き伴侶を得、父親にもなり、ますます今後の活躍が楽しみです。http://journal.mycom.co.jp/news/2006/05/19/001.html

井手祐二さん・・・・・・・この方も我が故郷人吉で青少年期を過ごし、現在はシリコンバレーに居を構えておられる良き先輩です。
この先輩のアイデアとそれにともなう行動力は、本業だけでなく、熱心に取り組まれているボランティア活動などにも活かされており、今回開発されたソフトは、その両方を結びつけることにもなる素晴らしいものですね
http://www.mainichi-msn.co.jp/keizai/kigyou/news/20060929ddm010020154000c.html

スシトミ開店して12年、サンノゼとみ寿司時代を入れると在米21年になります。この間たくさんの方と知り合い、帰国や転勤で寂しい思いもしましたが、元気でご活躍の噂を耳にしたり、出張やご旅行で店に来てくださるのは何事にもかえがたいものです。
遠方からご来店の折には、ぜひともメールにて chef@sushitomi.com お早めにご予約ください。万難を排してお待ちしております。

・・・・浪速の天才運転士マホさんhttp://homepage2.nifty.com/BNSF/なんで突然きちゃうの? 会えなかったじゃないの。次回は必ず時刻表どおりに行動してね。

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2006年09月13日

総領事館からのお知らせ

スシトミ常連 飯○さんから教えていただきました。イザと言うときのためにどうぞ。

こういうコメントつきなのでご注意を。

「電話をかけてみたら、レコーディングで緊急時のみ立ち上がる
とのこと、日本語の後、英語で同じ説明があって、ブチッと
切られてしまいます。」 飯○


総領事館からのお知らせ
(「全米・カナダ邦人安否確認システム」の立ち上げについて)

●●●●●●●● 在シアトル総領事館からのお知らせ ●●●●●●●●

                                    
 平成18年9月11日
在留邦人のみなさまへ

 「全米・カナダ邦人安否確認システム」の立ち上げについて

 外務省は、2006年9月8日に在留邦人と旅行者の多い全米(ハワイ、グア
ム、サイパン、
プエルトリコ、米領バージン諸島を含む)及びカナダ地域を対象とした「全米・
カナダ邦人
安否確認システム」を立ち上げました。
 このシステムは、同地域で大規模な災害等が発生した場合、「安否を知らせた
い人」と
「知りたい人」が、電話でパスワードを用いて、相互に伝言(録音・再生)がで
きるという
システムです。

 その概要と、「Q&A」を添付いたしましたので、詳しくは、そちらをご覧下
さい。 

ダウンロードしたファイル

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2006年09月04日

「北辰斜にさすところ」

なんと我が故郷 「人吉」 を中心に、映画の撮影が進められているようです。タイトルは 「北辰斜にさすところ」。明日5日が締め切りですが、まだエキストラを募集中のようです。スシトミML人吉支部長のJ痔君、中球磨支部長のK輝君、上球磨支部長のT来君、大分支部長のS一朗君、佐賀支部長のS平君、大挙して申し込んでください。横浜支部宴会係長の中○君、研究している場合じゃありません。先輩I手さんもすでに登録済みです。君も馳せ参じてください!! 映画の内容と申し込み要綱はこちらから・・・

http://hokushin-naname.jp/

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2006年07月19日

日本史 2006   我が良き友よ

「職人」・・・・・・成田に着いたその足で宇都宮に行く。目的は「パリイシ」。同行は東京駅で待ち合わせした、スシトミML世田谷支部長の高○さん。チサン宇都宮にチェックインして、そのまま 「パリイシ」 へ。シェフ吉田にあらかじめリクエストしていた 「コンソメ」 はもちろん、デザートまで期待して、腹すかせて行ったのに。それなのにあのバカ。ゴールデンウイーク明けの月曜日とあって、若干暇なのをいいことに このバカ。シャンパンロゼで乾杯し、吉田お薦めの赤を開け、焼いた大きめの岩カキ、コンソメ、冷パスタでおしまい。「おい、うまい焼肉喰わせてやっからよう~。宇都宮に来たら焼肉だ!!」 まったく相変わらずつける薬のない男だ。焼肉の後、クラブ2軒、ショットバー1件をはしごして、ホテルに帰りついたのは、朝4時でした。バカ。

「職人2」・・・・・3時間ほど寝て、シャワーを浴び、タクシーで「パリイシ」に向かう。シェフ吉田は、家に帰らず店に寝て、7時からすでに仕込みに入っている。ランチパーティーの予約があったのだ。一通りデザートのレシピを渡され、これをすべて書き写すように言われる。コーヒーを入れてもらい、飲みながら書き写していたところに、旬のデザート 「白桃のコンポート」 が出てくる。冷えた陶器に、半割りにした白桃のコンポート、中にはパンナコッタが仕込んであり、アングレーズソースが添えてある。スプーンで軽くつついただけですくい取れた柔らかい桃は、パンナコッタと一体になり、、口いっぱいに広がるその薫りとともにとろける。デザートの類を、ガツガツとむさぼり喰ったのはずいぶん久しぶりのことだ。

「職人3」・・・・・あれだけ、コンソメにはなにも入れないでくれと頼んでおいたのに、昨日は金箔を入れていた吉田だったけど、今朝は冷めたスープをそのまま飲ませてもらう。パテにしたフォアグラ、ムール貝に火を入れた際に出る汁を煮詰めて取ってある出し、各種仕込んであったデザートなど、かたっぱしから味見する。その間吉田は早出のウエイトレス、若いシェフに、矢継ぎ早に指示をだしつつ、自らも休むことなく仕込む。そして、物を作りながら掃除。飛び散った水や油、野菜くず、使った鍋やパット。磨き上げたキッチンの中を、汚すことなくどころか、さらに磨きつつ仕事をこなす。時差ぼけ、睡眠不足の頭の中のモヤを吹き飛ばす、職人バカの仕事ぶりだった。

・・・・・・・別れ際、「おい、北さんよ、今度は手弁当持って、2,3日泊り込みで修行に来いよ。あ、それから、俺がアメリカに行ってスシトミでフレンチ作るから、北さんの和食と合わせてディナー会でもやっか? 客よべるぞ? 金になるぞ? 考えとけ? あ、飛行機代は出せよ? ファーストだかんな? いいか?」


・・・・・・・金にはなるかもしれないけど、金もかかりそうな話だ。ランチが始まる。タクシーを呼んでもらい、店を出る。さあ、次は金沢だ。塚ちゃんと飲むまで、新幹線の中で少し眠っておこう!!。


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2006年07月16日

日本史 2006 ふるさとは遠きにありて

ふるさとは遠きにありて---室生犀星

             ふるさとは遠きにありて思ふもの
             そして悲しくうたふもの
             よしや
             うらぶれて異土の乞食となるとても
             帰るところにあるまじや
             ひとり都のゆふぐれに
             ふるさとおもひ涙ぐむ
             そのこころもて
             遠きみやこにかへらばや
             遠きみやこにかへらばや
                       [小景異情ーその二] より


この詩を犀星が詠んだのが、故郷を遠く離れた地ではなく、故郷へ帰ってからだと知ったのは数年前のことでした。勝手な思いこみがあったため、なんだか拍子抜けした気がしたものですが、この歳になって、久しぶりに帰省してみると、その詩、のみならず、出典の 「小景異情」 というタイトルにまで、胸が痛みます。

今回は車で熊本に出る機会があったので、八代から、宮原へ出て、人吉の反対側から九州山脈を越えてみました。五木のさらに上の、川辺川に注ぎ込む支流の澄んだ川を眺め、その湧き水を飲んだ後に五木に出て、削りとられた山肌と、河辺に盛り上がった砂利を見てきたわけです。

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2010年、球磨川下流にある 「荒瀬ダム」 が、日本で初めて撤去されることになっています。これにもまたやってみなければわからない、後回しにされているへドロなどの環境問題があります。川辺川ダムは、裁判の流れは中止にむかっているのに、ダンプは休むことなく走り続けています。

故郷に残り、家を、家族を守り続けてきている仲間たちには、それぞれの事情があります。遠く昔に故郷を出た者には、立ち入り難いものもある。


「小景異情」・・・・・強く感じた旅でした。

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2006年07月13日

日本史 2006 望郷編その2

「弁当」 ・・・・・・ 同級生を20人ほど家に招く。夕方から台所に立ち、母と並んで簡単なつまみを作る。野菜を刻む母の手元をみてビックリ。なんとも不器用なのだ。この包丁さばきで、「ここまで育ててくれたのか、おっかさんよ!!」 と思い、感謝。

・・・・そういえば、この母の母。つまり我がばーちゃんの作る弁当のおかずには、焼いたスルメが入っていたんだっけ。


「博多っ子純情」・・・・・・・福岡を訪れ、「親不孝通り」 を歩いてみる。19歳の時、とりあえず大学を目指して通った、名門進学予備校の正面の通りだ。
誰が名づけたのかは知らないが、30年近くたった今も、親不孝を顔に書いたような若者が闊歩していた。

当時一緒に人吉を出て、同じ予備校に通い、同じように玉砕し、同じようにこの商売に入ったキクちゃんの店を訪ねる。彼とは幼稚園からこの予備校までの時期を共有した。「おまえがもう一年やるなら、俺もやってみるけど?」 「いや、勉強はもうヨカ。むいとらん」・・・どっちがどう言ったのかは忘れたが、こんな会話で僕たちの青春のひとコマは終えた。

・・・・そのまま福岡に根を据えた彼は、今や博多でも有数の青年実業家として、レストランチェーンの拡大とともに、笑顔とまごころをモットーに、従業員教育にも力をそそいでいる。。写真は博多のど真ん中の地下にある3店舗目の店。
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「キジ馬ネット」・・・・・・・キジ馬は人吉の民芸品だ。0215200204.jpg
五木の奥に住み着いた平家の落人の作らしい。人吉を遠く離れても、心はいつも人吉にある先輩方のネットサークルに入れてもらって3年目。今回は私の帰郷を歓迎して、初めて会う私のためにオフ会をひらいてくださった。同じサンノゼに住む井手先輩も、どういうわけか、この日は出張先のロンドンからこの人吉に駆けつけ、共にうまい焼酎と郷土の料理に酔いしれた。
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場所はサンノゼ 「すしマル」 で働くサギリちゃんの人吉の実家 「すし天」


「川辺川ダム」・・・・・・・・・いまやその是非を問う議論が全国区となったこのダム工事は、私が小学校にあがる前(1966年)に計画された事業です。時代が変わり、長い長い時間をかけた裁判で状況が変わってきた現在もなお、五木の村をダンプが駆け回っていました。下の写真がダム建設予定地で、この左右の山をダムが結ぶことになる。
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このことを書き始めると、仕事ができなくなりそうなので、興味のある方はこちらをどうぞ。
http://kawabegawa.jp/kawabe/k_1.html

上記サイト左袖の「川辺川ダムとは」をクリックすると、人吉市中心部を流れる球磨川(ダム有り)と、そこに注ぎ込む川辺川(ダム無し)の合流地点の写真が見られます。


「我故郷を愛す」・・・・・・・私の家にあった、風呂敷に書かれている文字です。人吉出身の、亡くなった元衆議院議員を忍ぶ会と書いてあり、この代議士の座右の銘だったようです。現人吉市長はこの代議士の息子でなんと5期目。ダム推進派の頭として有名です。この市長の座右の銘を問うてみたい。

・・・・・・ついでに20年も同じ人物に市を任せる市民の頭の中も覗いてみたい。

投稿者 sushitomi : 06:44 | コメント (0) | トラックバック

2006年07月10日

日本史 2006 望郷編

「故郷」・・・・・・・人吉の実家の裏は山、前は田んぼと川です。家の後ろにはコンクリで固めた、農業用の小さな側溝があるのですが、ここには今でもホタルがでます。初夏の夕暮れ時に飛び交うホタルと、夜通し鳴き続けるカエルの合唱を聞くと、故郷へ帰ったことを実感します。
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「遺伝」・・・・・・・食事どき、急に父が聞いてきました。「デジタルって、なんだ?」・・・・突然、もっとも不得意とする分野の質問を受け、絶句している僕の横から、工業高校の電気科に通う甥っ子が答えます。 「アナログでないのがデジタル。デジタルでないのがアナログたい。」・・・・・・・・甥っ子の未来は暗い。

「やまうに豆腐」・・・・・・・五木に行き、同級生の橋本君を訪ねる。ご存知やまうに豆腐の考案者であり、今や全国を駆け回る多忙ぶりである。ちょうど豆腐の仕込みをしている最中で、握手をすると、ふやけて、冷え切った手に、職人の仕事ぶりが窺える。写真左手に新築した工場。いままでの場所が手狭になったこともあるが、ダム工事の影響で、水質が悪くなったため、より良い水を求め、川辺川に注ぎ込む支流にその地を選んだそうだ。
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「球磨焼酎」・・・・・・・・・五木から下りてくると、これも同級生の高田君の焼酎工場に出る。工場見学と試飲。100年を越す石蔵の中に寝かせた焼酎の樽を開けてもらい、その香りにしばし酔いしれる。より良い水、酵母を求めて研究を怠らない同級生たちと再会し、鋭気を充電する。
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「学び舎」・・・・・・・・・・・この赤い屋根が川辺ダム完成後に水没する五木の学校。上にかかる橋は、工事用に作られたもの。用地として我が家を国に売り渡してしまった人たちも、新天地に馴染むことができなかったのか、故郷忘れがたかったのか、舞い戻る人が多いという。
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2006年07月01日

日本史 2006

日本出張から、早1ヶ月がたちました。私は学生時分から、夏休みの日記をまとめて最後に書くクセがあったのですが、いくつになっても変わらないんものですね。 「病気はなおるがクセは治らない」 至言です。

「日本史2006」 思い出しながら、少しずつ更新していきます。


「挨拶」・・・・・・加賀の秘境、とある温泉場にて、夜遅くまで遊んだにもかかわらず、時差ぼけのためか早起きした私は散歩に出ました。 「こうろぎ橋」という名所を中心に渓谷を散策したあと、宿に戻る道すがら、すれ違う自転車に乗った女子中学生から 「おはようございま~す」 の声。周囲には誰もいません。あわてて後ろから挨拶を返すと、またもや通りすがりの学生から挨拶をされます。徒歩の小学生、自転車の中学生、男女を問わず、出会ったすべての学生が 「おはようございます」 と声をかけてくれるのです。この秘境の朝もやと挨拶は、不浄な私の身も心も清めてくれ、私も気持ちよく、「おはよう!! いってらっしゃ~い。」 と声をかえしつつ、歩くのでした。

・・・・・まさか、私に似た先生がいるということは???


「躾」・・・・・・昨今若者の無法ぶりがよく取りざたされますが、日本に帰るたびに感心するのは、日本のサービスの素晴らしさです。
喫茶店、レストラン、ガソリンスタンドなどなど。挨拶をはじめ、その笑顔と態度を見ていると、「ニッポン万歳!!」 と私は言いたい。親の躾がいいのか、それとも社会に出てから学ぶのか? いずれにせよ、いきとどいたサービスと笑顔のある国の未来は明るい。


「分相応」・・・・・今回どういうわけか日本行きの便がアップグレードされ、初めてのビジネスクラスとなりました。憧れの 「シェルフラットシート」。うまいワインでも飲んで、さっさと酔っ払って寝ようと決めていた私は、朝から腹をすかせてこれまた初めての 「ラウンジ」 とやらに出かけ、きょろきょろと身の置き場を探していると・・・・・「おい、たーちゃん。」の声。
振り返ると同じ鮨屋仲間のSさんご夫婦です。呼ばれるままに席につくと世間話が始まりました。尊敬する兄貴分夫婦です。話を聞いている間、結局なにも飲めず、なにも食べず、搭乗案内のアナウンスを聞いた私は、ラウンジを出る前に、テーブルに置いてあったおにぎりとせんべいをわしづかみしてポケットに詰め込むのでした。

・・・・・そして、まるで泥棒でもしたかのように身を縮めて並んでいる私に、乗務員と客のやり取りが耳に入ります。「大変申し訳ございません。整備の都合上、本日の便に 「シェルフラットシート」 はございません。」


「マナーモード」・・・・今回は友人のアドバイスもあり、携帯電話を借りて行きました。便利でしたね。なんせ日本は外国人にたいして不親切な国です。今回は韓国語や中国語の案内板なども目にしましたが、それよりも先にローマ字で書いてもらいたい看板がまだまだたくさんあります。平成だけでなく、西暦も並行して表示して欲しい。かと思うと、えいごこんぷれっくすの塊の私にでも、おかしいと思う和製英語も見受けられます。携帯は便利ですが、最低限の公衆電話は残しておいて欲しいものです。できれば国際通話可能のやつを。

・・・・・・「電車の中ではマナーモードにせないかんよ!!」 と電話を貸してくれたN子に言われていたのですが、ついつい忘れてしまうと、着信がながれるとパニックになってしまう私でした。N子!! もっとましな着メロにしといてくれよ!!

「鮨」・・・・・・・銀座で人気の有名店に行ってきました。今は現役を退いたのか、写真などでよくお見かけするご主人の案内でカウンターに座り、お昼のおまかせ鮨ひとり2万五千円を注文。ビールの小瓶をいただき、ヒラメ、カンパチ、赤身、ちゅうとろ、とろ、生とり貝、赤貝、アジ、すみいか、車エビ、蒸しアワビ、うに、コハダ、しゃこ、アナゴ、たまご焼き などを食べる。途中、お銚子の小さいのを取り、追加で赤貝のヒモ、カツオ、おぼろ巻、かんぴょう巻で〆。しめて3万円なり。


「鮨2」・・・・・・築地に行き、いつも必ず立ち寄るすし屋があるのですが、今回は7時半に行ったらすでに長蛇の列。とても待つ気にはなれず、他の店をあたるが、あんまり暇そうなのも困るので、それなりに目星をつけて入ってみる。おまかせ鮨コース蘭3250円。出てきた品々はほぼ銀座と同じ魚。銀座ではすべての握りに煮切り醤油があらかじめつけてあったので、一度も醤油を使わなかったけど、ここでは普通に醤油を使う。ビールの小瓶1本、追加でカツオ、サバ、アジ、生とり貝などを握ってもらって4150円なり。
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「鮨3」・・・・・中国大連では、2軒の日本食へ行きました。日本から毎日4匹だけ仕入れるという、予約しておいた ふぐ、うまずらの薄作り をはじめ、大連近海の赤貝、アワビ、うに、そしておそらく築地もののおおとろ、車えび、あまえび など、一通りどころか、十二分にネタがそろっています。小鉢や天ぷらをはじめとする和食のおつまみのレベルも高い。正直驚きました。また、着物を着た中国人女性ウエイトレスのその数の多いこと。よってたかってサービスしてくれます。1件目が夜大人6人で約$250、2軒目はランチで大人5人で$120くらい。
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「食べてみて」・・・・・

鮨は今回は上記の2軒でゆっくり楽しみました。いつもお世話になる、大森海岸の「磯源」 さん では、かってお世話になったスシトミML各地支部長たちとの大宴会になってしまったので、例によって飲みすぎ、きちんと鮨を食べるにいたりませんでした。残念!! 5年ぶりに訪れた中国の鮨は、鮨ダネ、鮮度、店の雰囲気、サービスなど、その進化には驚かされました。ただ、中国人シェフの握る鮨は、切りつけ方や、握り方、扱いに若干問題が見受けられましたが、こういう点もおそらく次回は解決されていることでしょう。楽しみですね。

銀座の高級店、築地の大衆店に関しては、比較のしようがありません。鮨に関しては、どちらもおいしいのです。どちらもまずい鮨(魚)は出さない。

店側からすれば、日本中、いや、世界中から集まる日替わりの一見さん相手に、鮮度を活かし、安価で売るか、長年のその店独自の技、こだわりを、サービスと雰囲気込みで、限られた客相手に商売をするか。

客の立場からすれば、限られた予算で、安心して、うまいものを、いかにいい気分でたべるか。そして私は結局、客と店、客と板前の相性も大切だと思います。正直、銀座で鮨を食べるとなると緊張し、なんだか板前さんとの対決の様相となり、田舎もんの私は落ち着かない。値段が安いということだけではなく、落ち着いてて食べることの出来る店造りも大事なことかもしれません。


「ラーメン」・・・・・東京での宿は品川プリンスでしたが、明日帰米するという最後の夜、家族を部屋に残して、ひとりで抜け出しました。1杯飲もうと考え、オロオロしてると、後ろから 「おい、なにやってんだ?」 、あれ? スシトミML浅草支部長の修ちゃんではないですか? この日の昼、横浜中華街で一緒に食事をした修ちゃんは、律儀にも、撮影した写真をCDに焼いて来て、フロントに預けて帰るつもりだったそうです。さっそくどこかで1杯やろうとなり、彼が勧めてくれたのが・・・・・・

http://www.imeyes.com/04shinagawa/ramen.htm

・・・・・・最近全国規模で人気のラーメン屋を、7つ集めたという品川駅前にある上記の店々でした。
中に 「なんつっ亭」 というのがありますが、ここのご主人は私の実家人吉の老舗 「好来ラーメン」 で修行して、独立し成功しており、「まるいちラーメン」も同じ 「好来ラーメン」 の教えを受けて出したいきさつがあります。以前から一度は食べてみたいと考えていたので、さっそく行ってみると、

なんとこの店は10時閉店、一足遅くて入れませんでした。そこで仕方なく入った11時まで開いてた隣の店で、とんこつ慣れした私には極めて苦手なタイプの支那ソバというものを注文したところ、・・・・・・「んんん~ぬうまい!!。」 

う~ん、噂どおり日本のラーメンは進化しているんですね。修ちゃんありがとう。この店の名前忘れたけど、神田小川町の店だっけ?

「ラーメン2」・・・・・・やはり 「なんつっ亭」 に行きたく、翌朝11時のオープンに合わせて15分前に到着。予想どおり、すでに40人ほど並んでいる。
ゲートが開き、各自目的の店になだれ込むのであるが、やっぱり1番人気は 「なんつっ亭」 のようです。ラーメン1杯680円。 「え~?」 と思うくらい小さなどんぶりに、見るからに濃厚なマー油の浮いた黒ラーメンがでてきた。

「んんん~ぬうまいっ!!。」 日本のラーメンは本当に進化しています。


「食べてみて」・・・・・以前、東海林さだおさん が書いてましたが、「うまいラーメンとは?」 

自分の腹が充分にすいていること。スープが熱いこと。麺がゆですぎでないこと。この3点がそろえば、ラーメンはうまい。逆にひとつでも欠けると、まずい。あとは個人の好みだ。・・・・・・・・・まさしくそのとおりですよね。それにしても最近のラーメンは複雑です。昔は醤油ラーメンは醤油の味、味噌は味噌の味、とんこつは濃厚なこってり脂だったのが、最近は見た目や名前ではわからない。どれを食べても あれ? と思わされるのですから。


「ナプキン」・・・・・ いつも困るのはナプキンですね。アメリカではどんな店にも必ず置いてある紙ナプキンなのに、日本にはまずない。ファミレスにはあるそうですが、こってりしたラーメンをすすった後の、口周りの処理には本当に困る。アメリカ式に口を拭きながら食べる習慣がいいのか、口周りを汚さないように食べる日本のマナーを自分が失くしてしまったのか。


「ティッシュ」・・・・・駅前を歩いて、ポケットティッシュをもらえるのはありがたい。食事の時使えるし、携帯でなにかと便利。でも必要ない時には追いかけてきて押し付けるくせに、欲しいときにはなかなかくれない。


「ハンケチ」・・・・・日本では必ずハンケチを持つようにしていますが、これはあくまでも汗拭きと、トイレで手をあらった後のためです。これを食事後の口拭きにまでは使いたくないのだけど、日本の皆さんはどうしてるのでしょうか?


「ドライタオル」・・・・・正式名は知らないけど、トイレにある手を乾かすやつ。これは進化してました。昔は小さな穴から生暖かい風が出てくるだけで、時間がかかりすぎた。でも新型はすごい。両手を広げ、手首まで完全に入れ、薄赤い色がついて、強烈な風とともに水気を吹き飛ばしてくれるので、あっという間に乾く。殺菌効果もありそうですね。


「托鉢」・・・・・朝イチで築地に行くと、場内に向かう橋の上に托鉢中の僧がいる。いつもならまず通り過ぎるのであるが、早起きして築地を見学する朝のお清めという考えがふと浮かび、ポケットにある小銭の中から100円玉を取り出して鉢に入れる。 「チーン」 と耳に響く音がありがたい。


「トイレットペーパー」・・・・・・場内に入り、周辺の殺気だった様子に緊張したのか、夕べの酒のせいなのか、下腹部にスススッ、と悪寒が走る。こんな市場の中の公衆トイレには入りたくないのだが、もう待ったなしの状態だ。そこにアレ!! きれいジャン。なんだか改装したらしい、小ぎれいな公衆便所。これなら使える。そこで空いてる個室を覗くとドシェー!! 和式じゃないのこれ? しかもアリャ!!! トイレットペーパーがない。あわててポケットをまさぐるがこんな時にかぎってポケシューがない。 「おう、にいちゃん、使わないんだったら代わってくれよ。」 え~? そんな、殺生な。 と言う間もなく、魚屋のおっさんに割り込まれてしまう。そこで入り口にあるポケシューの販売機を見つけ、買おうとするとなんと、100円玉がない!! あ!!、あの托鉢だ!!!あの賽銭があれば・・・。畜生、もしかしてあいつ、托鉢のユニフォーム着た、どっかのオヤジだったか!!!


「トイレ」・・・・・・今回驚いたのは、利用したホテルをはじめ、レストラン、飲み屋にいたるまで、トイレがかなりの割合でウオシュレットになっていたことですね。これはありがたい。ところが築地はともかく、八重洲大丸の地下トイレも和式だったのはびっくりしました。狭いし、旅行中で荷物を抱えていると大変だし、なによりも、はみ出してしまいそうで怖い。


この項続く・・・・・


「タクシー」 ・・・・・ 今回利用したタクシーには、ほとんどナビゲーターが装備されていました。ハイブリッド車もありました。サービスもいい。笑顔でトランクを開け、手伝ってくれます。画面が客からも見えるので、遠回りする際、「今の時間、この道路は込んでいますから、こちらに出てもいいですか?」 なんてことまで聞いてくる。GPSでどこを走ってるかも本社で確認できるので、送迎の指示も的確になされるそうです。


「神風タクシー」・・・・・中国大連でもタクシーを利用しました。飛ばす跳ばす、怖い。中国人民は横断歩道の有無にかかわらず、最短距離を歩むクセがある。タクシーを含む車はすべて徐行をはじめとする安全意識がゼロ。自分のドライブテクがいかに素晴らしく、1元でも安く目的地に着いてあげるかを競い合う。罵声、クラクション、派手なジェスチャーでそのプロ根性を客にアピールする。当然路上では、「おー、轢けるか? ? 轢いてみろ? 人殺しになりて~か? お~?」 と睨みながら車の先に歩み寄る人民と、「死ぬか? 一度死んでみるか~? 血~見るか? 痛て~ゾ?」 という、死線ぎりぎりの攻防を繰り返す。

・・・・・中国でタクシーに乗る際の、正しい座り方は、腰を浮かし、歯を喰いしばり、前の席にしがみつく姿勢です。


「温泉」・・・・・・北陸加賀では某秘境の温泉に行きました。金沢の大将塚ちゃんの段取りです。ゴールデンウイーク明けの温泉宿は閑散とし、ほぼ貸切状態。二人よく飲み、よく語らうことができました。それにしてもこの風呂、露天あり、各種趣向を凝らした湯がありおもしろいのですが、なんと脱衣所から浴場まですべて畳張りなんですよね。トイレも畳。足裏にしっとりとした優しい感触と、自分の垢を含んだ湯水が畳を流れるというバツの悪さもあり、複雑な湯煙り秘境の旅でした。


「平成○年」・・・・・JRパスを買っていきました。2週間グリーン車も乗り放題。成田でパスに交換し、さっそく成田エキスプレス、新幹線などに利用。成田ー東京ー宇都宮ー大宮ー越後湯沢ー金沢ー加賀温泉郷ー米原ー都内JR全線ー横浜。軽く元を取り、強行日程ながら快適な旅です。でも真ん中に大きく書かれた有効期限は平成○年の数字と月日。どこを見ても西暦は記してありません。このパス、ほとんど外国人向けのはずですよねえ? この手の不親切、相変わらず多い日本です

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2006年06月13日

杯(カップ) 観戦記

杯(カップ)に関しては、世界中の多くの人が観戦し、膨大な情報・コメントが飛び交うので、スシトミではただそれに便乗してスペシャルを出そうと考えていたのですが、豪州戦後の生ぬるい各誌報道、それに疑問をもたない心優しい日本人があまりにも多いので、やっぱり一言三言書きたくなってしまいました・・・・・。
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脱力してますよね。みなさん。言葉がみつかりません。勝負事にタラレバは禁句ですが、今回はタラレバどころか、 「なぜ?」 「どうして?」 「Why?」の展開となりました。最悪のシナリオならまだいい。最低のゲームを見てしまった気がします。
・・・・と書いたところ・・・・・こういうコメントをいただいております。

まったく・・・・ですよね。私なんて、1-1まで見ていて
子供を送って帰ってきたら・・3-1で終了。

何?何が起こった?どうして?
旦那のむなぐらにつかみかかりそうになるのを抑えて
テレビにかじりついて解説を聞き・・・

「気持ちの切り替え???何ぬかしとんじゃ~~!」の世界です。あ~~、今日一日が・・・・長い。 女房Cより

ここにも一人、脱力しながらオフィスのPCに向かっています。
遅刻してまで、家で見ていたのに、、、。
こりゃ、某寿司店のディスカウントしたくない陰謀ですね。 ジー子より

お疲れさんです。いや~、今日は朝から気分が悪い。。
仕事も集中できんくらい悔しいでんな~。
日本のメディアはこんな試合しても叩かないもんね~。
今日は韓国対トーゴ戦!トーゴを応援します。。
今度のクロアチア戦はツートップは大黒巻で行ってほしいね。あ、こんな歌手いなかったっけか?!
 じゅん○

・・・・・これらのコメントをいただいておりますが、スシトミ常連、なかでもよりすぐりの女房たちだからこそ、これくらいの辛口コメントが出ますが、日本の各誌報道には驚きものですね。なにか緘口令でも出ているのでしょうか?


かって韓国チームが本番第一戦で敗れた際、韓国サッカー協会は、監督ををその場で更迭しています。
この監督は元韓国サッカー界のヒーローであり、韓国の国民的英雄だった車ブンクン氏でした。

現実問題として、今ジーコを更迭することは不可能かもしれませんが、それくらいのプレッシャーはかけて欲しいものです。過去ログにも書いてきていますが、日本サッカー協会は腐ってますね。川渕キャプテンは生涯神様ジーコとお友達でいる自己満足を大事にしたいんでしょう。

ジーコはこの4年間なにも動いていません。監督を引き受けた際のベストメンバー(ジーコにとっての)を、ほとんど変えることなくそのまま使ってきたのみならず、招聘した控えさえ、まともに試合で試していません。昨日の試合の采配にそれがそのまま出ています。世界中の観衆を魅了してきた神様は、中村や中田をファルカンやソクラテスに見立てて、最高のゲームをイメージしてきているのではないでしょうか。

これが韓国ならば・・・・と、どうしても考えてしまいます。 「なぜ負けたのか?」 「どうして勝てないのか?」 全国民が考えることでしょう。日韓サッカーの歴史は、韓国が常に勝ち続けてきた歴史でもあります。先の杯(カップ)を思い出してみてください。予選リーグを突破して満足した日本に対し、韓国はベスト4までいきました。日本よりはるかに厳しい組み合わせの中でです。おそらく韓国は、日本が好成績を出せば出すほど、全国民が当然のごとくそれ以上を期待し、選手はそれを義務と感ずることでしょう。

1954年に初めて杯(カップ)に出て以来、韓国は常にアジアのサッカーを牽引してきながらも、杯(カップ)で勝ち点を挙げるのには40年かかってます。一度も出たことがないのに、開催国に決まった日本とは大違いです。

昨今、日本の方が先駆であった野球やゴルフの世界でも、いつの間にか追いつき追い越されてきているようです。現日本サッカー協会の面々は、かって韓国相手に手も足も出せずに負け続けてきた当時のメンバーなのに、悔しくないのでしょうか。それとも負けグセが身にしみついていて、しょうがないと考えているのでしょうか。

豪州戦敗戦の後に、アメリカ対チェコの試合を見ました。2月に日本代表を翻弄したアメリカは、0対3、日豪戦よりはるかに高いレベルでの試合ながら、完璧に叩きのめされました。

さあ、これから韓国対トーゴの試合が始まります。もちろん私は韓国を応援します。常に進化し、日本の先の先を行き、いい夢を見るためには、理想を追うだけではいかないということを、私たちに見せてもらいたいものです。

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2006年05月20日

光ビームスキャナ

私の故郷の後輩で、スシトミML横浜支部長付き係長でもある、万年欠食児童中村君が、いつのまにやら、なにやらを研究、なにがしかの成果を挙げているようです。良き伴侶を得、衣食足りて仕事も充実しているようですね。中しゃん、横浜での 「スシトミML各地支部長常任理事会」 で会うのを楽しみにしてるよ。
そろそろ課長に任命しようかな。
日経プレスリリース

日刊工業新聞

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2006年05月14日

頑張れニッポン!! 杯(カップ)直前の公約

ワールドカップ開催を目前に控え、沢木耕太郎さんの新潮文庫新刊 「杯 (カップ)緑の海へ」 を読みながら、ひとり気分を盛り上げております。

最後の調整ともいえる「キリンカップ」で、対戦国の過去の実績や、予選の経過はともかく、ここに来てホーム2試合で、勝ち点1、得点も1とは寂しいものがあります。仮に3試合目(ブラジル戦)があるとしたら、The end ってやつですね。

私は以前も書いたのですが、今、日本に必要なのは、なによりも先制点だと思います。仮に逆転されてもいいから、とにかく先にゴールを決めてみせてチョーダイ!! というのが私の願いなんです。
得点力不足が常々取りざたされていますが、日替わりフォワードどころか、前後半で4人を投入しても無得点。この時期にフォワードを任せる人間さえ決まってないんですよね。

どんなにきれいな形をつくり、お手本のシュートを打っても、枠をはずしたら入りません。天才ペレやマラドーナでも、芸術的なシュートは、幾多もある泥臭いシュートの中のわずかなのです。

とはいえ、固定されていないフォワード陣に得点を望むのは可愛そうです。本大会では、中盤、デイフェンス陣のまさかの得点に期待しておきます。

もうひとつの問題は、実際の戦いぶりは見ていませんが、気になるのは新聞などの論調ですね。すべてを読んだわけではないけど、負けても淡々としています。危機感がないというのか、奇跡を信じています!! という感じなんですね。

大会後、敗戦の将ジーコに対し日本サッカー協会は、これまでの貢献、功績を讃え、拍手で送り出すのでしょうね。そしてまた、まったく違うタイプの監督を向かえ、その人の起こす奇跡を信じて、次回大会に臨むことでしょう。


そこでお約束!! スシトミでは、大会開催日の6月9日金曜日のランチで、「1ドル勝つ丼」 を出しましょう。ただし、青、白、赤のうち、どれか2色を身にまとってきた人に限ります。白いTシャツに青い帽子でいいですよ。

また、予選リーグの3試合で、日本が先制点を挙げたら、その次の金曜日は、辛口カツカレーを出しましょう。

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2006年05月12日

「俺流ダイエット ウオーキング編」

俺流ダイエット  立志編


特別な手続き、費用をかけずに手軽にできる運動といえば、ウオーキングです。
しかもその効果のほどは各分野で証明されており、こんなありがたい話はないのですが・・・・・・・

でもこの、いつでも、どこでも、ただでできるという、耳寄りな3要素が、いがいとやっかいなもので、なかなか継続できないんですよね。

中学の時、赤尾のマメタンを手にして以来、 「継続は力なり」 という言葉を何度もかみしめ、その意味は深く理解してきたつもりですが、結局行きつくところは、「継続した奴らにはかなわないよなあ~」 という事実でした。

「100万通りあるダイエット法は、どれもすべて正しい。ただそれを続けるかどうかだ。」 というのは私が勝手につくった言葉ですが、これは多くの人の支持を得ることができると思います。でも言葉で支持されただけでは仕方がないのも真実です。

最低週3回、30分のウオーキングを続けるだけで、成人病になる確立が半減し、予備軍から脱出できる。しかもタダですよ。タダ。私は今度こそ、継続して力を得るために、努力することを誓いなおすのでした。

「俺流ダイエット  自立編 」   ウオーキング初日


歳を重ねること40数年、幸い早起きだけは苦にならなくなってきており、朝食前に散歩の時間を作ることなど朝飯前です。

朝日はまぶしく、木々の葉は緑濃く色づき、ようやくカリフォルニアの初夏を迎えたこのごろは、まさにダイエット日和。気持ちを引き締めて近所の公園に向かいます。とりあえず1周400メートルの周回コースを約4分かけて歩きました。10周で4キロ。これで約40分。わかりやすいので、しばらくはこの公園内を周回することにしました。

いきなり前方から、白人のカップルが、ゆさゆさと巨大な肉塊をゆすりながら走ってきました。「あーあー、力んじゃってるよ、この人たち。あれじゃあ、長続きしないどころか、ひざ痛めて挫折してしまうなあ。」 と冷静に判断します。次に後ろから、颯爽と駆け抜けていく人がいました。カモシカのような足。大きく振られる腕もしなやかです。「俺のこと、どう思って追い抜いていったのかなあ?」 と考えてしまいました。

うっすらと、でも心地よい汗をかいて、初日を無事終えました。

「俺流ダイエット  放浪編」  ウオーキング 2度目

公園を4周したところで、なんだか飽きてきました。退屈なんですよね。そういうタイプなんです。ボク。

そこで公園を出て、住宅街を歩くことにしました。他の家の造りや、前庭の花壇などを見て歩くと、各家変化がありこれはおもしろい。近所でも車で通り過ぎるのと歩いて見るのでは大きな違いです。調子が出てきて、最初の頃に比べると歩き方も早くなって来たようです。

かわいらしい住宅街の先に、車止めの柵がありました。この先はちょっと風景が違います。通り抜けるとそこはアパート街でした。ここはこれでまたおもしろい。メキシコ人の子供たちが、両親の手伝いをしていたり、サッカーボールで遊んでいたり。道端に停めてある車もかなりレトロで懐かしいものがあります。

「ハッ!! 」 と脇のパーキングを見ると、そこには寝巻きがわりに大きめのTシャツを着た感じの格好で、若い女の子が立ってます。朝日を受け、背伸びしているので、なにやら透けて見えたような気がし、急に動悸が激しくなります。いったん通りすぎたところで、自分の歩きが早まったことを激しく後悔し、もう一度もどるかどうか、私の紳士的精神を揺さぶります。結局 「早起きは3文の得」 という言葉を思い出し、もう一度そこに戻ってみると、今度はその娘の母親らしき巨漢が、尻をボリボリと掻きながら娘の前に立ちはだかっておりました。結局4文損したような1日でした。


「俺流ダイエット  怒涛編」   ウオーキング 3度目

もうお気づきかと思いますが、タイトルが2日目ではなく、2度目になっています。そして今回が3度目。特に言い訳はしませんが。

体調はよく、さほど後遺症というのか、足腰の痛み、筋肉痛はありません。あたりまえといえばあたりまえかもしれません。
軽くカラダをほぐしながら公園へ向かいます。首や肩を回しながらゆっくりと歩き、公園に入ってからスピードを上げて周回し、飽きてきたら住宅地へ向かうだんどりです。どこをどう回ろうと、40分早足で歩き、あとは軽く流して帰宅すれば、ちょうどいい塩梅なのです。まだ3度目だけど。

この日はこれまでよりなんだか足が軽く感じられ、思いのほかスムーズに効果を得られるかもしれないと思った3周目、「アレ!!」 なんか下半身に寒気を感じたのです。ススッと。例によって私の 「おぞまし度」 がなんとなく100に近い感じです。しばらくしてその寒気は去り、もう大丈夫かとおもったとたん、またもやスススッツと今度は胃の上あたりまでモヤッつときました。慢性運動不足のカラダを、この適度な運動がどこかを刺激したのでしょうか、突然便意をもようしたのです。

2度目の寒気が去って、公園を出るかどうか迷ったところに、今度は突然大きく、震度でいえばいきなり6強という形の、モヤっどころか、ズドン!!という大波が打ち寄せてきたのです。昔、東海林さだおさんが、「自分の便意とは、それを感じたときにはもうすでに出口のところまで来ているということであり、もう待ったなし!!、の状態なのだ」 というようなことを書いておられましたが、このとき私は、まさしく待ったなしの状況になっていたのです。

慌てて公園内のトイレに、これまでにない早足で向かうのですが、急いでも走り出すことはできません。うかつに足を広げると、それはそのまま股間を開く行為につながり、大惨事を招く可能性があります。

「俺流ダイエット 激動編」  

じつは私、白状しますが、10数年前、二日酔い明けの早朝ゴルフでも同じ状況を招いたことがあるのです。この時もまさに待ったなし。一番最寄のトイレを思い浮かべ、コースを横切り、駆けていくのですが、急ぎつつも股間をきつく〆て走るなんてことは不可能なのです。もうダメ!! 待って!! ゆるして!! もうアカン!!と脳裏には口の悪い同伴者の笑い顔が次々に浮かぶのですが、どう考えてもトイレにたどりつくのは無理と判断。次なる思いは、場所探しです。立ち止まり、ボールを捜すフリをしつつ、視界の悪い茂みに駆け込みしゃがみ込んだ瞬間、「あ!!、紙がない!!」 そうです。いつもこういうときのために、ゴルフバッグにはちり紙を入れておくのですが、この日はあまりにも突然すぎ、トイレに行くことしか頭になかったし、まさかこんなにも切羽詰るとは思いもしなかったのです。しかしこの時すでに、立ち上がれる状態ではなくなっていました。

「俺流ダイエット 望郷編」

いろんな思いが交錯し、たちの悪い同伴者の顔を思い、手の届く範囲にある手ごろな葉っぱを見つめたとき、「ああっ!!」 「捨てる神あれば拾う紙あり」 とはこのことです。私は後ろのポケットをまさぐると、今朝家をでる時、ポストに入っていた妹からの手紙を取り出しました。私は心優しい妹の顔を思い浮かべ、やわらかめの和紙の便箋を使ってくれたことに感謝し、2度と読むことのないだろうこの手紙を2度繰り返し読んで、その場を去ったのでした。

「俺流ダイエット 再起編」 

そんなこと思い出している場合ではありません。いそいでトイレのドアを開けると、「アレ!~~」 開かない。ドアには9時オープンのサインです。あたりを伺い、ためらうことなく、女性用トイレのドアを開けます。もちろん開かない。腰にぶら下げた携帯電話を見ると8時47分。自宅まで徒歩7分。この周辺に茂みなどありません。じつに嫌な時間帯に、嫌な場所を歩いていたものです。自宅に向かう方を選び、またもや駆け出します。首を斜めにかしげ、苦悶の表情といえば君原健二のようですが、(古い!!) 腰を折り、上半身は前傾、下半身は腰が引けた上に、足はガニ股と内股を交互に交わすという、じつに不自然なジョギングフォームです。

なかなかオムツが取れず、いつもトレーニングパンツを汚してしまう娘を叱る女房の顔が浮かんだその時、ようやく家にたどり着き、なんとか事なきを得たのですが、便器にしゃがみこんだ私は、どういうわけか、公園の出入り口に置いてある、ペット用の青いビニール袋を手にしていたのです。

いったいなんの目的で、どう使うつもりだったのでしょうか。


870g 減  体脂肪率目盛り ひとつ減

投稿者 sushitomi : 16:42 | コメント (0) | トラックバック

2006年05月08日

俺流ダイエット その2 食事療法

私の場合、仕事後のビールさえ我慢できたら、ダイエットのほぼ8割りがたは成功したようなもんです。朝食はしっかり取り、ランチもきちんと食べます。しかもカラダに良さそうなものを、腹8分目だけ食べ、間食は一切必要としません。油で揚げたものが出たら、それを避け、何もなければ味噌汁とサラダだけでいいのです。ところが、この仕事後の一口のビールが1本を呼び、1本が2本、2本が3本、果てはワインや焼酎なんでもござれと続き、しかもそれが朝昼に押さえ込んでいた食欲を、完全に目覚めさせてしまうからやっかいなのです。

特に乾き物のせんべい、ナッツ類には目がなくなるし、昼間はまず口にしない甘いものまで食べたくなる。揚げ物もいいですねえ。外食するときなんて、女房の前では健康メニューを少しだけ食べておくのですが、家に帰り、酔いが回るとつい、子供のお菓子にまで手を出してしまう始末です。

続き・・・・・・

そのビール絶ちを始めて3日目の夜。店を閉めて帰ろうとする私の目に、届いたばかりのサンノゼ豆腐が目に入りました。帰宅して、あるものを軽く食べるつもりだった私に、出来立てのサンノゼ豆腐はなんとも魅力に映り、1丁持って帰ることにしました。もちろん、冷奴にして食べるつもりです。

ところが家にはショウガがありません。ネギはあります。でもショウガのない冷奴はなんとも寂しいので、私は急に湯豆腐を思い立ちました。これならショウガはなくても、白菜、ネギがあれば、あとは醤油でも酢醤油でもなんとでもなります。鍋におゆを沸かしたところで、今度は出し昆布がないのに気づきます。

これはなんとも寂しいので、戸棚をあけてみると、なんと刻み昆布があるではないですか。これを大量に鍋に入れてみます。豆腐は半丁だけ入れ、白菜、ネギを入れます。柚子入り唐辛子をふりかけて食べてみるとこれがあんた、けっこうなもんではないですか。刻み昆布は適度な粘りを出し、サッパリ系の豆腐と白菜、ネギによく絡んでくれます。これは日本酒に合うなあ。と、考え、探してみますが、うちには最近、酒もビールの買い置きもありません。あるのはこつこつ溜め込んだワインですが、これは一人で開けると必ず翌日後悔するので、なんとか踏みとどまります。そこで見つけたのが、中国土産の老酒です。以前開封したのですが、あまりおいしいものではないので、味見しただけの残りものです。これなら、たくさん飲むことはないだろうと思い、一口なめてみます。よく味がわからないので、少し暖めてみました。

んーん、うまい!! 熱い豆腐によく合います。食欲が増してきたので、残りの豆腐を全部投入します。野菜とのバランスが悪くなったので、また白菜とネギを入れます。柚子胡椒を入れてみたら辛くてまたうまい!! 老酒をおかわりして飲み、刻み昆布も足してよくかき混ぜてみます。スープがまたなんともうまい!! このまま汁だけ飲み干してしまうのが惜しくなり、冷凍庫を開けると、「あった!!」 小分けにして凍らせておいた銀シャリです。チンしてこの鍋に全部投入しました。

ここまで来ると、私の職人としての感性はいっそう研ぎ澄まされてきて、新しいアイデアが湯水のごとくあふれ出してきます。梅干をちぎって入れ、娘の鮭フレークをふりかけ、なめたけの瓶詰めまで投入し、まるで満貫全席鍋です。

結局豆腐1丁、ご飯約2杯分、白菜、ネギ、刻み昆布を各種薬味でたいらげてしまいました。老酒は2合分くらい飲んだでしょうか。

翌朝、重だるい胃をさすりつつ、再度、ダイエット挑戦を固く誓いなおすのでした。

体重 200g 増  肥満度変化なし。

投稿者 sushitomi : 01:19 | コメント (0) | トラックバック

2006年05月01日

緊急座談会 「女房(ニョボ)進化論」 梅○○夫さんを囲んで

 「女房(ニョボ)進化論」  はなぜベストセラーになったのか?

進行 板前T  特別ゲスト 梅○○夫  質問者A 本○  質問者B 綿○


板前T・・・・ ・・梅○さん、このたびは梅○さんの著書、「女房(ニョボ)進化論」 ベストセラーおめでとうございます。

梅○・・・・・・・・ありがとうございます。

板前T・・・・・・・今日は自他ともに認める恐妻家の本○さんと、綿○さんにお越しいただきました。

本○・綿○・・・・・・よろしくお願いします。

板前T・・・・・・・・・・本○さんも綿○さんも、本来は女房を厳しく躾け、家庭内関白を目指していたはずなのに、いつのまにか女房が激しく進化し、天皇を越え、今では神の域に達する勢い だとお聞きしましたが、現状はいかがでしょうか?

本○・・・・・・・。

綿○・・・・・・・・。 


板前T・・・・・・・いかがでしょうか??? 

本○・綿○・・・・本当に匿名なんですか? 

板前T・・・・・・・・大丈夫です。

心配しないで、私がついてますから。

本○・・・・・・・・・・最初はいい 「をんな」 だったんです。そう、ひらがなが似合うタイプの。うちの場合、まず精神面よりも先に肉体的に進化しましたからね。「ごめ~ん。ちょっと食べすぎかしら?」 「そんなことないよ。僕の作る料理をおいしく食べてくれてありがとう。」 なんていう感じだったんですよね。それがいつのまにか精神面にまでも・・・・。

板前T・・・・・・・・・肉体面は夫婦同時に進化していったんですよね? そういえば、本○家の寝室は、一時期 「土俵」 と呼ばれていた時期がありましたっけ。    綿○さんはいかがですか?

綿○・・・・・・・・・・私は今の女房を知人に紹介された時に、一度はお断りしたのです。ちょと自分には合わないかな? ということで。でもお付き合いをはじめて、彼女のいいところが見えてきて、結婚したわけです。・・・・ですが・・・・・・・。

板前T・・・・・・・・・そういえば梅○さんの友人の棋士 羽○○治さんは、ご自分の著書「決断力」のなかで、 「直感の7割はあたっている。」 というようなことを書かれていましたが、あの7冠を制した棋士でも、3割は読み間違えるんですからね。ましてやわれわれの直感で、女房の進化を読み取ることなど不可能かもしれません。でもその点、綿○さんの最初の直感はあたっていたということですね?

綿○・・・・・・・・・・・そんなことは言ってません!!・・・・ですが・・・・・(モゴモゴ)。

板前T・・・・・・・・・本○さんはその点いかがでしたか?

本○・・・・・・・・・・私も私の五感を駆使して、今の女房を選んだつもりですが・・・・・ですが・・・・(モゴモゴ)。

板前T・・・・・・・・本○さん、でも惜しいかな、あなたはシックスセンスを持ち合わせていなかったんでしょうね?・・・・・・

本○・・・・・・・・そんなことは言ってません!!・・・・ですが・・・・・(モゴモゴ)。

板前T・・・・・・・梅○さん、このお二人の話を聞いて、どう思われますか?

梅○・・・・・・・・その私の友人の羽○○治さんですら 「これは物語でなく、現在進行形の現実である。夫と妻の未来について、不安と絶望が見えてくる。」 というコメントを私の著書に送ってきていますからね。ちょっと難しい問題ですが、これは普遍的な問題でもある現実の世界の話なんです。

板前T・・・・・・・それをご本にされ、ベストセラーになったことで証明されたと。ではそのへんのところをもう少しお話していただけますか?

梅○・・・・・・・・・最初に言いたいことは、1965年に、ゴードン・ムーアが提唱した、 「ムーアの法則」 どおり、夫の立場は相変わらず妻に支配され続けており、これから先もかなり長い期間支配され続けるということなんですね。つまり本○家、綿○家だけのことではない。

本○・綿○・・・・・・・なんですかその「ムーアの法則」 というのは?

梅○・・・・・・・・・・もともとは「女房の進化は1年半で2倍になる」 というシンプルな法則でしたが、現在では 「あらゆる女房の価値は、年率30%から40%で下落していく」 という風に、解釈してもいいのではないでしょうか。「こんな機能も欲しい」「もっと高い性能を」「より使いやすく」 という女房側のニーズに、最初無理してこたえてきたという心当たりはありませんか? 女房にとって、「必要十分」の機能が準備されると、女房自体の価格は一気に下落します。

もう少しわかり易く説明しますと、 「無限大の女房の要求 X 夫の無理= Something 」 つまり、新婚当初、あなた方が無理をして女房の欲求にこたえてきたことが、進化を促してきたわけですね。大変化はゆっくりと、でも確実に進化し、社会を変えていくのです。

板前T・・・・・・・・・・「気づいた時は、色々なことがもう大きく変わっていた」 ということですね。よーくわかります。ところで梅○さん、グーグルでは、現在玉石混合の女性の中から、「石」をふるいよけて、「玉」を見出す技術に磨きをかけているという噂を耳にしましたが、私たちの未来には、その技術に光を見出すことができるのでしょうか? 

梅○・・・・・・・・・・・もちろん可能でしょうが、頭にいれておいて欲しいのは、その選んだ「玉」さえも、「石」に進化する怖さ なんです。


本○・・・・・・・・・・・え? 「玉」が「石」に進化するということは、最初から「石」だった場合、いったいなんに進化するのですか?

梅○・・・・・・・・・・・例えを変えてみたらわかりやすいと思います。これは以前Tさんがブログで書いてらしたことが参考になるのではないでしょうか?

板前T・・・・・・・・・車のことですか?

梅○・・・・・・・・・・・そうそう。

板前T・・・・・・・・・・・あれはもともと、良妻の誉れ高い奥方を持つ、井○さんというお客さんとお話したときに出たものです。 「車は個性的で、クセがあった方がいい。それを乗りこなす楽しみは男のロマンだ。」 というやつです。「今、僕の言うことを聞いてくれるのは、車と犬だけだ。」ともおっしゃっていたような気がします。ただし、女房にするならレクサスタイプの方がいいのですが、これまた女房の進化が当てはまるものであり、最初はレクサス・カローラタイプだった女房が、いつのまにかポルシェや4WD、果てにはブルトーザにまでも進化する可能性があるという、怖いお話でした。

本○・・・・・・・・・・・うちはすでに戦車かもしれません。

板前T・・・・・・・・・・以前綿○さんとも話したのですが、「ロデオは西部の荒くれ男が、暴れる牛を組みしだく、じつに男のロマンを満たしてくれるもの」 だと思われますが、じつは「荒くれのテキサス娘に手を焼く男たちが考えた、欲求不満のはけ口かもしれない」という話はどうでしょう?

綿○・・・・・・・・・・・スペインの闘牛も同じかもしれませんね。じつは私、闘牛士になって牛を仕留めた夢をみたことがあります。

板前T・・・・・・・・・夢判断するまでもない、綿○さんのかなわぬ夢のようですね。ところで梅○さん、梅○さんが著書の中で説く、「女房世界の三大法則」に関してご説明いただけますか?

梅○・・・・・・・・・・これはまず、

第一の法則: 「神の視点からの夫支配」 

第2法則: 「夫という自分の分身がカネを稼いでくれるという新しい経済圏」

第3の法則 は先ほど述べた :「無限大の女房の要求 X 夫の無理= Something 」 あるいは、消えて失われた夫の価値と威厳の集積」

ですが、これになにか説明が必要ですか? 

本○・綿○・・・・・・・・・・いえ。・・・先を進めてください。

板前T・・・・・・・・・・・梅○さんのお話を聞いていくと、もうわれわれの住むこの世には、夫の未来はないように思えてくるのですが、この現実を受け入れるにしても、なにか処方はないのでしょうか?

梅○・・・・・・・・・・しいて言えば、 「オプティミズム(楽天主義)」が大事ではないでしょうか? すでに女房たちとの間には 「お互いに理解しあうことのできない二つの別世界」が生まれているのです。そうであれば、こうして、夫たちは夫たちで集まり、お互いの女房の進化具合を語り、楽天的なビジョンと明るい励ましで助け、助けられて仮想世界の中で救われる。そういう裏の世界を確立して行くことが必要になるのではないでしょうか?

最後になりましたが、不特定多数無限大の恐妻家の皆さんが、リアル世界でこの本を手にとってくださることを祈りつつ、次回作「続・女房(ニョボ)進化論」の筆を取りたい と思います。

板前T・本○・綿○・・・・・・・・・ありがとうございました。


・・・・座談会終了後・・・・・・本○・・・・・・ところで梅○さんは、・・・・・こちら側の人間ですよね?

梅○  ・・・・・・・・。


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2006年04月29日

俺流ダイエット ウオーミングアップ編

まずは「ユーザーズサイド」 で以前から気になっていた tonita の体脂肪チェック機能つき体重計を購入。

さっそく自分の年齢、身長を念入りに打ち込み、ソロリと乗る。まずは体重が出る。「えー?!!!マジかよこれ? ウソだろ? と思ったところで体脂肪率が出る。そしてその診断は、 「やや肥満」 の真ん中少し手前に位置したところ。体重は予想以上に増えていたものの、肥満度はなんとかすれば正常に戻すことも不可能ではないと自己診断する。

女房を呼び、同じ所作をしてやると、 「あー!!、1キロ痩せてる!!」 そして判定は正常値をキープ。なんともくやしく、不良品ではないかと考え、古い体重計に乗ってみると、体重にキロ単位の誤差はない。女房が私の腹を指でつつきながら、酒の飲みすぎ、夜な夜なネズミ男に変身する癖などなどをネチネチと指摘する。

ダイエット敢行を新たに誓い、とりあえず頭に浮かんだことで、いいと思うことはすぐ実行し、悪いと判断したことはすぐやめるという、手近な無理のないところから始めることにした。そしてまず思い浮かんだことは、久しぶりに韓国あかすり兼サウナ風呂に行き、心身のお清めから始めることでした。

ところがその、約3年ぶりの韓国あかすりで、私はまたおぞましい経験をすることになるのです。

以下 俺流ダイエット  あかすり編 へ続く

俺流ダイエット あかすり編

入店時にあかすりを予約しておくと、30分後に声がかかりました。すでに軽くシャンプー・シャワー・歯をみがき等の準備運動をすませ、ぬるめの湯につかり、スチームサウナで身体を温めておいた私は、準備ばんたんです。今日のサン助さんは50歳前後、笑顔で挨拶した際の抜けた前歯がご愛嬌です。ちょっと安心。なんせ久しぶりなので、最近の体重増加が、我が身体に積もり積もった垢にも一因があると踏んでいた私は、ボロボロと垢が剥がされていくのが少し恥ずかしいと思っていたのです。

サン助さんは、まずは仰向けになって診察台型マットに寝るように命じます。もちろん私は○裸です。浴場とは壁1枚で仕切られていますが、ドアはないので誰かが見に来る可能性はあります。ラフな格好だったサンちゃんは、まず自分の服をすべて脱ぎます。そして私と同じく○裸に。暖めてあったタオルがそっと目に載せられ、なにも見えなくなったところで・・・・・・・私特有の、おぞまし感というのか、いやーな予感に襲われました。

通常、サンちゃんはここでデカパンをはくはずなのですが、なんかその気配がないのです。いきなり私の首スジからゴシゴシと、ゆっくり、でも力強くこすりはじめます。痛痒い、でも自分でこするのとは違い、確実に老化した皮膚が剥がされ、新しい細胞が露出してくるのが感じ取られます。サンちゃんは私の手を取り、自分の片ひざに乗せて脇の下をこすり出します。普段なら、やさしく撫でるだけの場所も容赦なくこするのです。ここで手を持ち替えたのですが、アレ!!!

私の手が何かに触れたではないですか!!!

気のせいではありません。見えはしませんが、一瞬、確かに、私の持ち物ではない、なんらかの突起物の感触に触れたのです。サンちゃんは私の胸、腹とこすりつつ、ついに下腹部に移ります。私の おぞまし度が100を越えたところで、サンちゃんは私の片ひざを軽くたて、内もも、しかもかなりその付け根の部分をこすりだします。そして・・・・・

ああーー!! なにすんだよおっさん!! 持ち上げるんじゃねーよ。ひとの○袋!!! やっぱり私の感は当たったのです。すぐその手はどけられたのですが、逆サイドをこする際、またしても持ち上げられました。こするのに邪魔になるほどの代物だと、見栄はってる場合ではありません。こんなあかすりは初めてでした。

そういえば10年ほど前、大腸の検診にひっかかり、ほぼ全裸状態で診察台に縛り付けられたことがあります。黄門様からバリウムを強制的に注入され、診察台の角度を変えつつエックス線撮影されるのですが、この検査前に、看護婦から説明された英語はちんぷんかんぷんだったにもかかわらず、私の感の源である おぞまし度は100をかーるく越えていましたね。しかもこういうときにかぎってきれいなオネーチャンだし。腸内に詰め込まれたバリウムを出すに出せずに耐えるこの数分間、私の苦悶の形相を、このきれいなオネーチャンにずっと見られていたのですよね。

そういえば、私は、アレ以来、腸詰の類は食べておりません。

サンちゃんはこすりながら、どういう表情で私の顔を見ていたのでしょうか? 欠けた前歯を見せて、笑っていたのでしょうか?

 

俺流ダイエット初日 400グラム減  体脂肪率 変化なし。

投稿者 sushitomi : 06:53 | コメント (0) | トラックバック

2006年04月22日

半妻たちの反乱(氾濫?)

「男たちの旅路」・・・・の末路・・・・では、家庭内でのポジション取り合戦に敗れた男たちの叫び(声にだせない)を書き留めましたが、 「妻の声については書かないの?」 という、あまり聞きたくない意見がごく一部ございます。無論、無視してきたわけですが、ちょっと押さえきれない事情がでてきましたので、ここでまとめてご報告差し上げます。

今回は、私が公平な目で責任編集したアンケートメールに、スシトミML良妻賢母会を自負・自称する妻たちの中からランダムに選ばれた5名の方にお答えいただく形をとりました。

それにしても返事が早い。送信して1時間もたたないうちに3名から返事をいただきました。男どもが、コソコソと匿名を何度も念押しして2週間かけて構成した「男たちの旅路」とはえらい違いです。よっぽど妻たちは確固たる信念と、それを貫く鋼鉄の意志を持ち合わせているのでしょう。

ちなみに半妻とは、金妻にかけた造語です。
半人半魚、半獣半魚などのように、お好きな言葉を○に当てはめて、半妻半○たちの答えを読めば、よりいっそう緊迫感を得ることができるでしょう。

それではそのアンケートと、恐怖の怪答をご紹介いたします・・・・・・・・気をたしかにして、お読みくださいませ。

前略

このメールは、まったくなんの意図もなく、ランダムに選ばれたごく小数の方に送信いたしております。
お時間がありましたら、下記のアンケートにお答えいただければ幸いです。

匿名厳守いたします。信じてください。けっして悪用はしません。お返事をお待ちしております。

質問1

「亭主関白」「主人」「女房とたたみは新しいほうがいい。」・・・などなど、日本古来の由緒正しい日本語を聞いてどう思いますか?

空想世界・世迷言 (主婦C)

女房も「ダンナは、新しいほうがいい」と思ってるだろうなぁ・・。
「ダンナと、たたみは新しいほうがいい」という言葉がないので、
やはり女性は、本当にバレないように、上手に浮気をするのだな。と思う。
あと、関白(亭主)の上に天皇(妻)がある、というのも知っておいたほうが良い。(主婦Y)

「亭主関白」 威張っているだけで、実質的な権限ない。
でも、男性はたいてい「手のひらで転がされてる感」を感じたくないから、
それを感じさせずに実は奥さんが天下をとっておくのが一番。
「主人」 私って使用人?(でも、聞かれるからそう思うだけで、普段はなんとも思わない)
「女房とたたみは新しいほうがいい。」 洋服とバッグも常に新しい方がいい。そうさせてくれるなら、その言葉外で使ってても良し。(主婦N)

そういう旦那衆に限って一人では何もできない。(主婦A)

自分があたかも妻の上にたっているかのような虚勢を張っ
ている亭主に限って実際の結婚生活では何の権限ももっていな
い人が多い。今となってはこれらは「死語」に等しい。(主婦R)

質問2

「かかあ天下」「うちの宿六」「ぬれ落ち葉」・・・などの造語を聞いてどう思いますか?

現実世界 (主婦C)

ここだけは、マジめに。
やっぱ外では、ダンナは、ホメなきゃ!とまじめに思う。(主婦Y)

「かかあ天下」 どこも結局、奥さんが権限持っていると思う。
「うちの宿六」 若いからそんな言葉知らない。
「ぬれ落ち葉」 年取って、払っても払っても着いてくるくらい好かれているなら私なら嬉しい。(主婦N)

そいうい家庭のほうが実はうまく行く。(主婦A)

日本語ほど表現力が豊かな言語ってないと思います。
特に「ぬれ落ち葉」なんてうっとうしい様がこれ以上あらわせ
ないほどです。(主婦R)

質問3

ごく一部の亭主族の間で、「いい女房にするには、最初が肝心だ。子供と同じなんだから、力ずくででもいいから躾けていくべきだ。」という意見があると、噂で聞いたことがあるのですが、どう思いますか?

えっ?私は、「 いい旦那にするには、最初が肝心だ。魚と同じなんだから、えさで釣って躾けていくべきだ。」と言われましたが・・・(主婦C)

勇気ある自爆行為だと思う。
人間、無駄死にしないことが一番大事です。
女は、付き合っている時にされた浮気でも、墓場に入る寸前まで根にもっているが、見せないだけ
なので、そのときのことが、熟年離婚につながる可能性大ですよね・・。(主婦Y)

それは、こっちも同じ。だんなのしつけは最初が肝心。甘やかしておくと後で「だまされた」、とか言われる羽目になる。これから結婚する女性には私も同じ事を助言している。
ちなみに結婚するとき、私が言った三箇条。「アイロンはしない」「縫い物しない」「天ぷらしない」。今では、もっと増えている気がする(爆)(主婦N)

いい亭主にするにも同じだと思う。(主婦A)

躾られているのは実は自分の方だということを全く理解で
きていない幸せな方の言葉です。こういう言葉を吐く方に限っ
て老後は見捨てられて惨めな思いをされ、初めて目がさめるの
でしょう。(主婦R)

質問4

「とんでもない!! 全ての亭主は、平身低頭、小心翼翼、徹頭徹尾無抵抗主義で生きてください!!!」 という平和主義の旦那も多数いますが、どう思いますか?

生きていく智恵・・・・ですか?(主婦C)

あたりまえです。
アメリカ人の中学生が、クラスの女の子をクドク時に、
バラの花を一本もって、
「キミは、本当に天使のように綺麗だ。空から、落ちてきた時に、どこか痛くなかったかい?」
といいながら、髪の毛のひとつもなぜて、クドくのに、(中学生でもそれは、しってるのに)
それでも離婚されますよね?
日本人は、もっと、もっと努力しないと熟年離婚は、もっと増えるだろう・・・。
女は、やってもらったうれしかったこと。も実は、しつこく覚えています。(主婦Y)

うーーん、いいけど、そこまで下がらなくても、普通にしていて、ポイントだけ、ちゃんと押さえておけばいいんじゃないの?(主婦N)

それはそれでつまんない。(主婦A)

最低。これを平和主義と申しますか。まるで人生を放棄し
ているかのような印象を受けます。情けない。相手との関係を
完全無視した態度。腰が低ければいいと思っていらっしゃるの
か。 夫婦関係もバランスなんです。(主婦R)

質問5

女房には、「レクサスタイプ」「ポルシェタイプ」「「戦車タイプ」・・などなどあると聞きますが、あなたを車にたとえると、どんなタイプになりますか? 上記の例以外ででもかまいません。

4WDタイプ・・・道なき道を、好き勝手に走る(主婦C)

ブルドーザーかな?
戦車とおもったが、最初から、戦うことはない(うちは喧嘩はしないので)から、ちがう。
ただ、ほとんどの場合、ひいて踏み潰していってるので、ブルドーザーです。(主婦Y)

スポーツユティリティタイプ。(お互いの意見を取り入れ、スムーズになんでもこなす)
なんて、相手に聞いたら「戦車タイプ」って言われたりして(がーん!) (主婦N)

車は詳しくないので良くわからないのですが...「チキチキマシン 猛レース」
THE COMPACT PUSSYCAT(ミルクちゃんのピンク色の車)かな。かわいいから。
参考: http://www.whv.jp/title/wackyraces/html/004-05.html (主婦A)

答える必要なし。女性を車に例えること自体、失礼きわまりない。(主婦R)

最後の質問です。

あなたは、「家庭を円満にやりくりしてみようという」、という気持ちを持ち合わせていますか?

いつも“閻魔ん?”ですので・・・(なぜか、うまく変換できない・・・) (主婦C)

現在うちは、すでに家庭円満だとダンナが思い込んでいるので、完璧でしょう。
ふっふっふ・・。けど、10年後は、違うダンナだと思う。(主婦Y)

常にもってる。だから、愛し愛されているのね、うふ。(主婦N)

そんな風に思ったことは無かった。
「愛」があればそんなことをわざわざ意識しなくても円満に行くものです。
ドラマ「ひとつ屋根の下」で柏木家のあんちゃんも言っています。「そこに愛は
あるのかい?」 (主婦A)

家庭はやりくりするものではありません。家計ならやり
くりできるかもしれません。 (主婦R)

・・・・・・・ランダムに選んだ妻たちでしたが、はからずも Right Person を選んでしまったようですね。お礼として、皆様の夫君に「ざぶとん会名誉会員」の資格を進呈いたしましょう。

みなさん、ご回答ありがとうございました。

店主軽薄

投稿者 sushitomi : 08:21 | コメント (0) | トラックバック

2006年04月21日

ウエスト85

正確に言うと、へそまわり85センチの話です。

これだけで何のことだか理解できる中高年諸氏も多々いらっしゃることでしょうが、念のためにおさらいをば・・・・

男は へその周囲が85センチ、女性は90センチを越えたら万病の元なのだそうです。高血圧、糖尿、各種内臓器官障害などなど、ようは生活習慣にもとずく成人病予備軍の目安だそうです。だから、血圧を測るとか、年一の定期健康診断はもちろん必要なのでしょうが、常日頃このへそ周りに注意するだけで、リスクが激減するという、耳寄りは話ではあるが、いったんこの禁断の聖域を侵したら最後、自分のへそを見ることが一生なくなるかもしれないという、耳の痛い話でもあります。

私はここ10年ほど、女房の 「ズボン買ってこようか?」 という声をひたすら無視して、今のウエストのサイズにこだわり、我が下半身を 収めつけて はおりますが、ベルトの上のたるみはいかんともしがたく、これから迎える、カリフォルニアの心地よい風と光を浴びる着こなしに悩む日々でもあります。

なによりも母親との絆であり、生命を授かった根源である場所に、このまま陽の目を見せることなく生を終えるなんて、お釈迦様に申し訳がたたない!!

と考えた私はさっそくダイエットに取り組む決意を固めたのでありました。私の長所は、常に固い決意で物事に取り組むことなのです。

・・・・・To be continued・・・・・・


ウエスト85 後編

女房に言わせると、 「あんたの固い決意の後ろには、いつも弱い意志がくっついている」・・・・・・

こういう、人のやる気を未然に挫くような声は一切無視して、私はダイエットを、断固敢行することにしました。もちろん目標は危険区域脱出兼安全域維持です。そういえば以前、いい体格していて、少ししか食べないアメリカ人客に、「小食だねえ?」 と言うと 「ダイエット中。」 という答えが返ってきました。彼に言わせると、今現在の体重を維持するのが自分のダイエットだと言うのです。私は40台半ばにして、ようやくこの言葉の重みが理解できるようになったのです。

ちなみにいつも私の横に立って笑顔をふりまくMちゃんは、「え? ウエストですか? 計ったことなんてないけど、高校の時のズボンは今でもはけますよ。」 減棒の対象となるようなセリフを平気ではきます。
「毎朝6時に起きて走っているし。」 バケーションもカットしてやるか。

あまり高い目標を掲げて、無理なダイエットをしても仕方ありません。実際私は 「ヨーヨーダイエット」 どころか、「バンジーダイエット」なみの落差を見たことがあります。まずは現状を最悪の値に定め、昨年の体重を目標とし、はきなれたズボンを今一度はきやすくする・・・・・・
ついでに、便座のすわり心地と我がその姿勢をいまひとつよくする。(あなたも一度、シャワーあびる前にすっぱだかで座って鏡で見てください!!)

さあ、「俺流ダイエット」 の始まりです!!

投稿者 sushitomi : 11:30 | コメント (0) | トラックバック

2006年04月16日

どんと あすく み~

久しぶりに COSTCO に買い物に出たら、 「あ~、あったあ!!」 入り口に大きな業務用のカートがあるではないですか。囲いがなくて、ただの平な台に取っ手がついたやつ。店で使うものをまとめ買いするとき、あの籠型では入りきれないので、不便だったんですよね。これはラッキーとばかりに、真新しいそのオレンジのカートを引っ張ってオロオロと品定めしていると・・・・・・・

「おい、にーちゃん、缶詰売り場はどこだい?」・・・・・・・

黒人のおじさんが私に話しかけているのです。歳を重ね、十分大人になってきている私は、努めて冷静に・・・・「ごめんなさいね。私はここの従業員ではないのでわからないのです。」・・・・と答えます。「えー!!」 と、激しく不思議そうな表情を浮かべたおじさんは、両手を広げて去っていきます。・・・・・目当ての小麦粉50パウンドを見つけた私が、二つ目の袋をカートに乗せていると、後ろでまた声がします・・・・・・「オムツはどこにあるの?」・・・・・ふり返ると白人のおばさんです。周囲には誰もおらず、あきらかに私を見て聞いてきたのです。堪忍袋の緒は、本当に大事なときに切る為にとっておいている私は、ここでもまた冷静に・・・・「あちらの棚で見ましたよ。私はここの従業員ではありませんが。」 と言うと、「あ、そう? サンキュ。」と言って去って行きました。

買い物を済ませ、長い列をなしてレジを待つ時間は、他人から見た私の印象を、客観的に推理するには充分です・・・・・・・

COSTCO には制服らしきものはありません。まれに COSTCO のロゴ入りのポロシャツを着ている人もいますが、たいていはジーンズにラフなシャツを着ており、名札をぶら下げているか、胸にピンで留めてあります。

当日の私の服装は、グレイのジーンズに黒いタオル地の長袖シャツ。靴は茶色のデッキシューズです。顔、髪型は変えようがないので、この服装になにか問題があるのでは? と考え、他の列に並ぶ客と見比べてみるのですが、なんの変わりもありません。試しに後ろのおばさんに聞いてみました。 「僕、ここの店員にみえますか?」・・・「いや、どうして?」・・・・「今日2回も聞かれたものですから。」・・・・・「わたしはそうは思わないけど・・・・・・・・でも・・・・・もしかしたら、その携帯電話かな?」・・・「え? どうして携帯が。」・・・「大きいし、腰にぶら下げているから、なんかの無線の機械に見えて・・・・あ、それと、そのキーチェイン。鍵が多いし、ベルトにぶら下げているからかしら。・・・・・それに・・・・No, そんな感じかな?」・・・「ちょっと待って。もっとなにか問題があるのですか?」・・・「いえ、そうじゃないけど、・・・もしかしたら・・・」 「Please!」 「もしかしたら、そのジーンズかも。ブリーチで色落ちしてるでしょ? ごめんね。こんなこと言って。」

・・・・・堪忍袋の緒を切らなくてよかった。それにしても、 「Fry's」 とかではまず店員に間違われることはないのに、どうしてスーパーなどではこうも間違われるのでしょうか?

過去ログを、参考までに添付しておきます。

・・・「ひと間違い」・・・

久しぶりにサンフランシスコへ出たので、ジャパンタウンにある100円ショップをのぞいていてみました。
いい器を見つけたので、かがみ込んで選んでいたところ、後ろから 「おにいちゃん、その皿とってよ。」 と、声がします。
あたりを見回しても誰もいません。まさかなあ・・・・と思いつつ、後ろを振り返ると、そのおばちゃんは私を直視して 「それそれ。白いのをふたつチョーダイ。」 と、のたまいます。

しかたなくとってあげると、ありがとうの一言もなく去っていきます。

次に亀の子タワシを手にしてみていると、 「Where is Rice?」  と聞かれます。これまたまったく見知らぬアメリカ人。 

よくあることですが、私はグロッサリーなどで、常に店員と間違われるのです。その昔、シリコンバレー地方版の編集長も同じようなことを書いていたような気がしますが、私は本当にこういうことが多い。日系スーパーで間違われるのならまだしも、中華系スーパーで中華系の人間にまちがわれるのはどうも解せない。

マウンテンビューのストアに、よごれたかっこ、エプロン姿ででかけたのであればまだしも、この日は久しぶりのサンフランシスコとあって、私にとっては正装。新調の靴に、襟付きのシャツまで着ていったのに・・・・。おまけに日ごろ愛用のマグロコロンではなく、10年ほど前に買ってまだなくならないヘアトニックまでつけていったのに・・・・。

投稿者 sushitomi : 15:18 | コメント (0) | トラックバック

2006年04月06日

男たちの旅路シリーズ Aさんの場合

「ポチ!! ママが呼んでるよ!!!」 

・・・・・・・・・息子の声だが・・・、誰に言ってるのだろ・・・・
と思い、振り返るとそこには息子が・・・。

「おい、今なんと言った?」 「え?・・・どうしたのパパ、ママが呼んでいるよ。」
「ちょっと待ちなさい。今パパのことなんて呼んだ?」「え? なにパパ、どうしたの? 早くママのところに行ったほうがいいよ!」
「いや、今パパのこと、ポチって呼んだよな?」 「そんなこと言ってないよ。早くしないとまたママにおこられちゃうよ!!」・・・


・・・・・・・ははーん、あのアマ、陰で俺のことポチって呼んでやがるな?・・・・それでこの子までつい言っちゃったんだ・・・。

まったく、いつもいつも、人のこと馬鹿にしやがって。なに? 「あんたの英語ではアメリカでは生きていけない。」 ・・・だと?
「私がいないとなーんにもできないじゃないの!!」 ・・・だと? そりゃあまあ、確かに俺は英語ができないけど。なにもそこまで言うことないんじゃないか?
お前だって、○○だし、凸凹だし、俺と一緒になってなけりゃ今でも独身のはずだぞ! 違うか? いいかげんにしないと、しまいには、声に出して言ってやるぞ。
男の心の叫びを、一度聞かせてやろうか!!!

・・・・そうなんです。このAさん、誰からみてもいい旦那さまで、子煩悩な愛妻家なのですが、かなりの恐妻家でもあります。結婚生活を、自らの試練に位置づけて、日々これ精神修養とばかりに我慢し、家庭内には波風どころか、そよ風すら吹かせない気迫を持って、揉め事を未然に防いで暮らしているのです。

「ポチだと?」 さすがのAさんも、これには黙っているわけにはいかなくなってきました。なんとか手をうたなくては、冗談ではすまない。
今後の家庭生活に破綻をきたすことになりかねないのです。

そう、この子がいつ・・・・・口走ってしまうか・・・・そうなる前になんとか手を打たないと!!!

「ねえ、ヤマンバ(山姥)!! パパが呼んでるよ!!!」

* 作者注 これはあくまでもフィクションであり、登場した人物に心当たりがあるとしても、それは気のせいです。

投稿者 sushitomi : 15:57 | コメント (0) | トラックバック

「男たちの旅路」・・・・・・の末路

私の周囲で、恐妻家を自負するひと、そして認めたくなくてもあきらかにそうと思われる人10人を選び、簡易掲示板を設けて自由に書き込みをしてもらいました。なかには私を信用できず、読むだけで自分からは投稿できないほどの恐妻家もいたようですが・・・・・その結末は・・・・・・・
>
>
>>> 男の愚痴シリーズです。みんなで遊びませんか? 適当に書き込んでください。匿名厳守します。>>>

>>>
>>>
>>> >> > ○ちゃんも大きくなりましたね。
>>> >>
>>> >> ・・・・よくしゃべり、よく歌い、よく笑い、よく泣きます。
>>> >
>>> > なるほど、かわいいと感じることが多くなるのですが、
>>> > かなりキツイことを言い始めるのですかね...
>>>
>>> ・・・母親のマネっていうこと?>>

>> そうですね。ぶりぶり星人のまねをしています。
>> 最近は、ぶりぶり星人返しを子供に教えています。
>
> それって、子供がカミサンの前でやり始めたらまずいんじゃないっすか?
> 子供は目の前のありのままの状況を把握できるそうだから、 「最後に勝つのはけっして正義ではない」 ・・・・なんて思われたら困る。
>
> 君んちも女の子だから、これは将来のぶりぶり星人予備軍なんだよ?
>
> それにしても言葉を覚え始めた子供は可愛いよね。
>>
>>> うちの子も、やっと言葉と意味が合ってきました。
> 一番正しく使える言葉が、「イヤ」っというのが悲しいですが...>>> >>

>>> >> ・・・・・娘にかぎらず、女性に 「イヤ」っ といわれると、男として悲しいサガがありますね。
> 唯一 「イヤ!!」 といわなかったのが今のカーちゃんだという事実もまた悲しい。
>
>>> >
>>> > そうですね。そして都合の良い時だけ、寄って来る...
>>>
>>> ・・・そうそう。ネコじゃないんだから。でも今さら犬にはなってくれないだろーねえ。
> こっちが先に犬にされちゃった。
>>> >
>>> >> > 最近は、プールだのリトミックだのと...
>>> >> > 習い事・通いごとと...本人が喜んでいるので...
>>> >> > そのうち親の押し付けになるような...
>>> >>
>>> >> ・・・・・ここいらが今後の問題です。うちのカミサンも、よその子が何ナニを始めた。ということに敏感になりだしています。
>>> >> 今後はこういう教育問題での喧嘩ネタが増えると思うとぞっとするね。子供ができる前から喧嘩のタネには事欠かないのに。
>>> >
>>> > そうですね。
>>> > 習い事で、友達のネットワークができて、付き合いでまた、
>>> > 習い事が増えて... っと悪循環に...
>
>>> >
>>> >> ・・・・子供は小さい時は、なにをやらせても喜ぶと思います。親と一緒で、しかも普段とは違うことができる。要は遊びなんだから。でもこれが遊びではないと本人が気づいたときに親がどうでるかだよね。どこの親でも、子供には好きなことをやらせてあげたいし、喜ぶ顔を見たいけど、どこかできっと親の意思に反する場面に出くわすだろうからね。
>>> >
>>> > そうですね。
>>> > 最近は疲れきった顔して夜ボーっとしていたり、ナチュラルハイな状態で
>>> > 夜1時頃まで騒ぎまくるとか、かなり症状が出ているようなので...
>>>
>>> ・・・・それに文句言おうもんなら、 「あんたソックリ・・」 なんて言われたりして。
>>
>> 上に同じですね!
>>
>>
>>> 男は、子供の多少の欠点もいいほうに解釈して、外でも内でも親ばかになれるけど、女は、外では子供のいいとこだけ見せて親ばかになり、内では子供の欠点をぜーんぶオヤジのせいにして 「あんたに似たんだ」 なんてね。たまりませんよ。
>
>>> >> ・・・・・でも今はまあ、子供の成長、変化を楽しんでいます。カミサンには 「あんたは子供に甘い。私ばっかりが怒り役、損な役は私にさせる。」 な~んて、どこの母親も似たようなこと言うけど、俺にいわせりゃあ、男は結婚して我慢することにに慣れちゃったんだよねー。どういうわけか。そして女は我慢できなくなっちゃったんだ。>>>
>>> >
>>> > う~ん。その通り!
>>> > 「妥協に慣れた」っというのも...
>>> > 他人の一部と比較して、自分がどうのこうのと...
>>> > 自分が見たことも聞いたことも無い人と比較されても、
>>> > 困ってしまうだけなので...
>>>
>>> ・・・・あるある、だれそれの旦那さんは・・・とか、どこぞの家族はハワイに行ったとかっていうやつ。
>>> もし俺たちが、だれそれの奥さんはやさしいとか、あの旦那がうらやましいなんてい言ってみたらどうなることか。ねえ、○ちゃん、試しにお宅のかーちゃんに聞いてみてよ。どうなるのか君の家で実験してみて?
>>
>> マグロの解体ショーになっているかも...>

> ・・・・・そんなん想像するだけでオトロシィ~。最近現実逃避癖がついてし
> まって家では無口になってます。第三者がいないとどんな事になる
> か。でも結局後で五枚オロシにされるんだけど…
>
> これは最近、包丁研ぎを趣味としている○さんではないですか? 結婚○○周年を迎え、子供はほぼ巣立ちかけた状況になっても同じですか?
>
> 長年かけて、完全にウロコをはがされてしまってますからね。まさにまな板の上のなんとやら。いつおろされてもおかしくない。

>>○ちゃん、お宅のかーちゃんはその点君をうまくたててくれているよね?

>・・・・・・ね???

>・・・・・・・ねえ!!なんとか言ってよ!!!

> なんかみんなずるいなあ。他の人の出方をうかがっている様子がよくわかります。それじゃあ、かみさん相手にしているのと、おんなじではないですか。
> さあ、みんな、勇気を出して!! 私の口が堅いのは知っているでしょ? 絶対ブログのネタにはしませんから。>
> T

>
> ・・・・・失礼ですが、この書き込み、120%漏れないんですね!  やっぱりやめておきましょう。。
> 何故かばれやすいキャラなもんで、、、でも一言だけ・・・・
>
> 今日は、僕が夕食の準備をしていたのですが、御飯が炊けていないのに気付いた僕は
>
>
> 『こりゃぁ~われ! 米炊けてね~じゃないか~ボケっ!!ビールなんか飲んでんから
>
> 忘れるんだ! はよーせいカス!!』
>
> という同じ趣旨のセリフを、丁寧にいいましたよ。I.。
>
>
> これは I さん、あなたも溜め込んでいたんですね。でも賢い。言葉使いには僕たち気をつけないとね。
> 女は自分の言葉使いや態度には鈍感なくせに、男の言葉尻や、しぐさには敏感だからね。>
> あんまりパソコンの前にいるとまた怒られるから、このへんで。
>>> >
>>> > 触らぬ○○に祟りなし>>> >
>>> >
>>> > ○○ ≠ ヨメ ???>>>

>>> ・・・うまい!!
>
> 「ヨメ」の時もあったんだぁ、その昔は…。向うはいつの間にか
> 「カミ様」になってしまってるのに、こっちは何?
>
> ○○釣り師 (ヤベェ、このこの名前知られてる!隠してね)
>
>
>>>いよいよコロンボ会 結成ですね!

「ウチのかみさんがね~」って始めましょう。S

うまい!! 座布団3枚!!!


>>>
>>
>>
>

投稿者 sushitomi : 05:56 | コメント (0) | トラックバック

2006年04月03日

卒業証書

18歳の誕生日は、ひとり東京で迎えました。

都内某大学校舎の掲示板で、自分の番号がないのを確認した私は、いったん校舎を後にしたものの、念のためもう一度戻って再確認。そして、4月からともに学ぶはずだった仲間たちに、挨拶をすることもなく、別れを告げたのでありました。

勉強不足にだけは自信があった私は、わりとサッパリしていたのですが、問題は田舎で吉報を待つ家族への電話です。これはちと青年の身には経験が不足しており、とりあえず明日に延ばすことにしました・・・・・

手元に、普段持ちつけない小金がたんまりとあるのを確認した青年は、そこでとっさに旅を思い立ちます。受験に失敗しておいて、羽田空港からサクラ舞う南国九州へひとッ飛びなんて、繊細な私には考えられなかったんですね。

こうなるとやはり雪国です。上野駅から北へ向かう夜汽車というのが、最善の旅だとは思ったのですが、さすがに逆方向ははばかられたので、北陸行き選びました。冷静ないい判断です。当時読み漁り、あこがれた、無頼派作家坂口安吾の石碑が新潟の寄居浜にありましたので、まずそこを訪れます。ワンカップの酒を買い、石碑にかけ、私が飲むという行為を数回繰り返した青年の気分は、すでにすっかり無頼派の仲間入りです。思えば、私のミーハー精神はこの時期に確立されつつあったんですね。

北陸といえば次は金沢です。雪の兼六園をぐるぐると徘徊した私は、その寒さに耐え切れず、とりあえずホテルを探します。当時若者の宿といえばユースホステルに泊まるのがキメです。バスに乗り、そのホテルに着いた時は生まれて初めての大雪、しかも吹雪ではないですか。傷心状態の青年に降りかかったもってこいの状況になったのです。

一夜明けて、次に目指すはとうぜん能登半島ですよね。ルートを念入りにチェックし、その後日本海沿いに山陰の地をたどれば完璧な旅だと思ったところで、「あれ? 家にまだ電話してなかった!!」 あわてて実家に電話を入れると、よりによってオヤジが出ちゃうんですよねえ。こんな時にかぎって。そこでようやく、青年は夢からさめるのでありました。

「なんばしとるかこのバカタレが!! 学校から電話があって、卒業式に親も子も出らん!!卒業証書も取りに来とらんのはうちだけてぞ!!!。」

投稿者 sushitomi : 06:21 | コメント (0) | トラックバック

2006年04月02日

えいごこんぷれっくす

Suite とSweet ・・・・そうなんです。いつかはこういう間違いを指摘され、恥をかく日が来るのを恐れ、極力 「えいご」 は使わないようにし、しかも簡単な単語にも、スペルチェックかけるようにしてきたのに・・・。油断してしまいました。それに、言い訳けに聞こえるかもしれないけど、Suite は知ってたんです!!これはホント。その証拠に、以前にも同じ間違いをして指摘されたことがあったんですから。ただ、学習していなかったんですねえ。しかも指摘してきたのが○脇と○西。これがまたくやしい。その上、指摘してはいないけど、笑っている人がその裏に五万といると考えたら、夕べは仕事になりませんでした。そこで意地悪な私は、私よりもっと 「えいご」 に不自由な人間を捕まえて、職権乱用とは知りつつも、「てすと」 してみました・・・・・・・

・・・その結果は、私の期待に違うことなく、120点の出来栄えでしたね。以下のやり取りは 「ふぃくしょん」 ではありません。すべて私がその場で書き留めておいた、事実そのままであります。ではスシトミの 「う~そ~」な板前たちをご紹介しましょう・・・・・


その1

おい、オッチョ。「なにからにぎりましょ?」 を、「えいご」 でどう言う?・・・・・

「・・・・、What kind of sushi do you like? 」 

・・・・お!!、思ったよりいいかんじ!! やるじゃん、これは通じるかも。・・・・

・・・おいテツヤ君!! 君ならどう言うかね?・・・・・

「Would you like・・・・」

・・・・お!!! Would you ときたか! フンフン!!

「Would you like something?」

・・・・・うん、これもなんとなくいい。やるじゃん君たち。これなら通じると思うよ。どこで勉強した?

「タカオさんがよく使ってるじゃないですか?」

・・・・バカ言え。俺はもっとましな・・・・ちゃんと聞いておけよ。「ヒアリング」 悪いなあ、お前たちは。

・・・・よし次・・・

・・・・君たちは急いでいる、すぐタクシを呼んでもらいたい時にはどう言う? オッチョ?

 「Can I get Taxi ?・・・Please early!! 」

・・・・うん、これも君の言いたいことはよくわかる。やるじゃん。ではテツヤ?

 「May I call・・・・May I call・・・・・you Taxi?」 ??????

 なに?・・・・「May I call me・・・Taxi?」 


・・・・・・私は昔読んだ、武田鉄也さんの本を思い出しました。武田さんが初めてアメリカにいって、ホテルのドアマンにタクシーを呼んでもらうとき、 「Please call me Taxi !!」 と連呼したそうなんです。でも何度言ってもドアマンは笑っているばかり。しまいにはキレテ、大声で言ったところ、 「Yes, Mr.Taxi.」 と言われたそうなんですね。これ、僕よくわかるんです。この「えいご」。

・・・・おい、オッチョ。君は英語何年習った? 「中学と高校です。でも高校では何を習ったか覚えていません!!」・・・・テツヤ君、君はたしか塾にも行ったと話していたよね?高校を出てから行ったの?
「いえ、アメリカにくる前に・・・・「のば」に行きました」・・・「のば」? あの駅前にある「のば」かい?
どれくらい行ったんだ? 「1年半、週2回、1回1時間くらい。」・・・・・

・・・・・どうやらテツヤ君は「のば」で、「May」とか「Would」 という単語を習ってきたようですね。でも使い方は2年目から教えてくれる予定だったんでしょう。


どうも私はスシトミでの相棒に恵まれていないようです。すでに何人もの板前と仕事をしてきましたが、この私よりも上手に、「えいご」を話せた人間がいないんですから。マネしたくてもできない。

最後にこれまでで一番ひどかった、3ヶ月だけ日本から手伝いにきてくれたユウイチ君の話をば・・・・・

「・・・・・ネエ、あの外人、なんか話しとるバイ?」・・・・「なんかて? ちゃんと聞けよ。オーダーしてるんだろ?それくらいの英語わかんだろ。」  「わからんモン。」 「農高(熊本県立球磨農業高校)でもえいごの授業はあったんだろ!!」・・・・「農高の英語は、中学のおさらいやったケン・・・・・。」

投稿者 sushitomi : 08:28 | コメント (0) | トラックバック

2006年03月31日

ハワイからの便り

日曜日の午後から、更新をさぼってしまい、失礼いたしました。

じつは、 「ウエブの進化にどうついていくか、今後の寿司屋のあり方を考えるシンポジウム」 ハワイ大会 に参加するため、お休みをいただいておりました。
とはいえ、私もスシトミメーリングリスト、スシトミブログを管理する立場にありますから、ぜひこれを機に、現地から実況中継をばと、意気込んで現地に乗り込んでみたのですが・・・・・・ 


季節外れの大雨にたたられ、散々な目にあった到着後、通常の部屋が満室なのでこちらをご利用ください・・・ と通された部屋はなんと想定外の Ocean view しかも Sweet だったのですが、私のツキもここまででしたね。

部屋にはテレビが2台あり、1台はインターネットにアクセスできる仕組みになっていました。 「これは便利だ!!」 と思ったのもつかのま、どうしてもスシトミのアカウントにアクセスできない。それどころか、慣れない Key board に悪戦苦闘し、大画面のテレビを見上げたり、手元を凝視したりとしているうちに、首根っこと肩周りの油が切れてきちゃったんですね。ふとついたため息とともにごろんと横になり、時計を見るとすでに30分経過。 「まさかインターネット使い放題というわけではないよなあ。」 と思い、あわてて確認してみるとやはり有料。この手の有料ということに関しては、若かりし頃、「イヤっ!!」 というほど痛い目に会い、かなりの場数を踏み、学習を重ねてきておりますので、もうこれ以上は必要ありません。そそくさと電源を切り、あわてて散歩と称して部屋を後にしたのです。・・・・・・To be continued

ハワイからの便り 後編

1階のロビー角っこに、某x社の名前のついた FAX & COPY ルームを確認していた私は、そこで再挑戦してみます。むろん有料ですが、今度は使い勝手がいい。さささと、とりあえず、ハワイに来ているいきさつとこちらから更新すること、そしてこの期間の日替わりランチを書きとめ、我ながらこの出来ばえに満足して送信したのですが・・・・・・・・・「え?---っつえ!! ナニコレ? あなたの投稿は、管理人の承認待ちだ~~!!」 ちょっと待ってよ。俺がその管理人なんだよ。承認もくそも、あ、そうか、自分のパソコンから送信してないから、俺のこと理解できてないんだなこのバカ。あれ? でもどうやって承認するんだよこれ。わかんねえよ。あ、そういえば、編集長がなんか言ってたなあ。なんだっけ。あれ、またわかったフリしちまったよ。このバカ!!

あれ!! もう45分経過!!! ヤッベー いくらかかんだ!!

初日からこの調子ではじまりました。もちろん更新はあきらめました。雨を理由にして家族サービスを逃れたつもりでしたが(あれ、なにしに来たんだっけ?)、なにもできないまま、清算している私の耳に、ヘタな日本語が飛び込んできました。 「この雨は今週いっぱい続くヨ~? めずらしいことだヨ~? あなたたちラッキーじゃあなかったヨ~?」 日本人観光客相手に、語気荒く説明している、人のよさそうな現地ツアーガイドのお兄ちゃんの声でした。

投稿者 sushitomi : 07:49 | コメント (0) | トラックバック

2006年03月22日

ニッポン万歳!! おめでとう王監督とその仲間たち

「野球のことは書かないの?」「なんで1ドルカレーはやらないの?」 なんていうメールがたくさん届いています。
そう、王監督率いる日本代表チーム優勝に関してものですね。じつは、私、たまたま月曜日が休みに当たりましたので、自宅でゆっくりと観戦していたんですよね。
野球を最初から最後までじっくり見るなんて、何年ぶりでしょうか。

ビール片手に一生懸命応援したし、興奮したし、結果にももちろん大喜びしました・・・・

ただ、今回のこの第一回大会に関して、各国の受け止め方、そして選手たちの考え方があまりにも違い、日本を含めたいくつかの国は、けっしてベストのメンバーを組んでいなかったことに、大会前から興味を半減させられていました。

でもそれを補い、なおかつ、興奮させられたのは、イチローの言動、そして韓国戦3試合の経過、そして王監督の魅力だったように思います。もちろんチームワークも最高だったし。

ぜひ次回大会には、アメリカも素直に国別対抗戦の魅力を認めて、優勝を目指して欲しいと思います。そのためにも、今回優勝した日本は、この大会の組織を充実させ、より多くの国の参加と、選手の確保に務めてもらいたいものです。

余談ですが、若かりし日に食べたラーメンを思い出しました。

私のミーハぶりはすでに皆さんご存知のところですが、高校3年の2月ですか、私は大学受験のために初めて上京しました。宿に着いてまず最初にやったのは、某所にある某とんかつ屋を探し出し、そこでとんかつを食べることでした。

そう、当時フライ級最強の王者として君臨した 「ファングスマン」 を鮮やかなK.O. で倒した、沖縄出身の無名のボクサー、「具志堅用高」 さん に会いに行ったのです。実況で、東京のとんかつ屋でアルバイトをしながら練習を続けてきたという話が何度もでてきたので、受験前に、ぜひ人目この具志堅さんを見て、そしてとんかつを食べたら、きっと大学に受かるはずだと、この純朴は青年は思い込んでいたわけですね。

その店は定休日だった上、世界チャンプになった具志堅さんはもうすでに働いていないということを確認した私は、とぼとぼと帰途につくのですが・・・・・

あれ? この看板は!! 「50番」 というラーメン屋発見!! 単純な青年は、これをすっかり王選手のご両親のお店 だと思い、中に入るんです。そして聞いたこともない、「中華ソバ」というものをオーダーするのですが、これがマズイ!! しかもウエイトレスのおばちゃんも、中にいるおっさんも、どう見ても、あの王さんのご両親とは思えませんでした。

後日、「50番」という、ラーメン(中華ソバ)屋は、東京中どこにでもある店だということが判明しました。

もちろん、大学にはすべて入学を拒否されました。

投稿者 sushitomi : 08:13 | コメント (0) | トラックバック

2006年03月16日

スシトミ瓦版 「足裏からのメッセージ」

今日の「チャブダイ」 http://www.svtodaysspecial.com/Chunky/  に

「足裏からのメッセージ」 というコラムがありましたが、じつは私には、この足の裏マッサージに関しては、おぞましい経験があり、その治療にともなう苦痛とともに、精神面においても深い傷を残し、いまだに引きずりながら生きているのです。もちろん、二度とこの治療を受けることはないでしょう。

10年ほど前のある日のこと。出入りの業者Tさんから、「持病に苦しみ、薬漬けの毎日だったけど、台湾人足の裏マッサージ師にところに通いだしたら、これまでの生活がウソのように好転。かかりつけの医者もおどろいている。」 ・・・・という話を聞いたのです。

ちょどその頃、本家サンノゼとみ寿司のママであるT子さん が、持病改善のために日々飲む薬の量に驚いておりましたので、「これはいい!!」 と思い、ママに話したのが悪夢の始まりだったのです。

すぐに予約を入れ、私が運転手としてサウスサンフランシスコの小汚い治療院まで案内したのですが、小柄ですが眼光鋭く、怪しげな風貌の老治療師に怖気づいたママは、「たーちゃん、お願い!! あんたが先にやってみて。お金は出してあげるから!!」 と懇願されたのです。もちろん私はこれを拒否。 「どこも悪いところないし。」 それを聞いた治療師は 「では自分でも気づいていない悪い場所を教えてあげよう。」 とノタマウではありませんか。「ホラね、みんな悪いところがあるんだから、今のうちに見つけてもらいなさいよ。ネッ!!ネッ!!」 

大き目の洗面器に、からしを溶いたお湯を張りその中に両足を入れます。次第にポッポとしてきて、心地よくなったところを見計らって、小型のすりこ木を手にしたこの治療師が言います。 「手を出してごらん。これからこれくらいの力でツボを押すよ。痛いかい?」 「いえ。」 「痛くないだろ? さあ、これが一番力を入れたときだ。どう?」
「いえ、痛くない。ちょっと気持ちいいです。」 「そう、なにも問題がなければ、気持ちいいはずなんだ。では足を出してごらん?」

・・・・・・ああああああああああああ!!!!! to be continue ・・・・・・・

・・・・・ そうです。痛くないわけがない。それどころかとっても痛いんです。足の裏ならまだいい。だんだん指の方に近づき、その付け根や、爪の周囲まで あのすりこ木でゴリゴリとやられてごらんなさいあんた。そりゃーもう痛いの痛くないの。それでも隣にT子さんがいて、私を見ているんです。バカな男のやせ我慢ですね。妙なところで踏ん張っちゃう。まるで落語の「強情灸」そのものです。それでも痛いのでもう蹴飛ばしてやろうかと思うたびに、どういうわけかこの先生、違う足に移るんです。また我慢できなくなるとすかさず逆の足に移る。うまいんですね。このタイミングの取り方が。腕はツッパリ、奥歯は噛めるだけ噛み締め、全身激しく震わせながら我慢していたのですが、ようやく終わりかと思ったらなんと、今度は足の甲のテッペンまでグリグリ始めたではあーりませんか!!

 もうダメ、許して。涙目で訴えようとこの医者を見たら なんとこいつ、足なんか見てないんです。そう、私の表情を見つめながらグリグリやっているじゃあーりませんか!!! しかも歯を喰いしばってやがる。ゲ!! この顔、どっかで見たことある。あー!! 「ドクターレクター」 !! まるでハンニバルそっくりではないですか!!!

・・・・これで終わりではないんです。悪夢の診断が始まりました。

ひとつ目・・・・「あなたの食生活が悪い。」 それを聞いたT子さんが答えます。

「Yes, Doctor!! 私たちレストランの仕事をやっていると、どうしても食事が不規則になるし、内容もかたようるんです。」

二つ目・・・・・「ストレスが異常に溜まっている。」 これまたT子さんが答えます。

「Yes Doctor!! 彼は店を始めたばかりで、やることがたくさんあります。開店以来ほとんど休みをとっていないのです。」

三つ目・・・・・・「生殖器系が極端に弱っている。SEX のやりすぎだ。」 ????? これには私も思わず反応し、なに!!-と反論しようとドモリかけたところにこれまたT子さん曰く・・・・「NO!! Doctor. そんなはずはない。私は彼のことをもう6年ほど知っているが、彼女なんて見たことも聞いたこともない。すくなくともやりすぎるほどの経験なんて絶対にないはずだ。」 ・・・・・なんで断言するの? あんたがそこまで知ってるのかよ。あたっているけど。

・・・・と、痛い足をさすりながら顔まで赤らめてうつむいていたところにまたこのバカドクターが曰く・・・ 「だったら、もうひとつの可能性がある。あんたゲイか?」 はあー!??? T子さんが答えて、「それはない!!保障できる!!!」・・・・・ではもうひとつの可能性が・・・・「マスター○ーションのやりすぎだ!!」 

・・・・・なんでそんなことこの場で断言すんだよオヤジー!! なんか俺悪いことあんたにしたか? T子さん、ホラ。なんか言ってやってくれ。診断ミスだろ? と、思ったところに、これまで事実と無実を的確に答弁していたT子さん曰く 「Oh!!  Ya? 」 

・・・・それから先のことはよく覚えていません。「せっかくここまで来たんだから、サンフランシスコでご飯食べてこ!!」 というやけに明るいT子さんと食事に行ったのですが、車を降りたときから足はガクガクです。痛いし。出てきたオシボリを使おうとしてまたびっくり。手の腹から指の方まで毛細血管がはっきり浮き出してきているじゃあないですか。

・・・・・翌日、足裏を恐る恐る見て案の定またビックリ。完全に青黒く晴れ上がっていました。
そして私のもっとも恐れていた事態は、仕事を終え、帰宅する古株のウエイトレスのおばちゃんに浴びせられた一言でした。

「たーちゃん、あんまりやりすぎたらダメよ。」


投稿者 sushitomi : 09:55 | コメント (0) | トラックバック

2006年03月12日

偕老同穴

雨あがりのつかの間の晴れ間に、娘と散歩に出た。朝まだ早めのせいか、公演にはほとんど人はいない。いつも遊ぶ砂場の方へ行くと、ブランコをゆする白髪のおじいさんがいる。が、なにか様子がおかしい。近づいてみると、なんとブランコに座る女性もまた白髪ではないか。中国系とおぼしきこの老夫婦は、おそらく80歳前後と思われるが、おじいさんはけっこう力強く押し、おばあさんは笑いながらチェーンをしっかり握っている。私たちに気づくと、二人は手をつないで去っていった。その昔中国では、夫婦でも部屋は一緒にしない習慣があり、愛する夫に先立たれた妻は、死んだ後に同じ穴に入れることを喜んだそうだ。ようやく結婚5年をまわったばかりの私は、この教訓を手本にすべく、諸先輩方にアドバイスを受けることにした・・・・

・・・結婚10年目、私のすぐ脇にいつもいるM氏・・・・「相手の意見を尊重し、波風をたてないように、騒がないで、目立たないように、自分の気持ちを抑えることです。」・・・・結婚25周年、包丁研ぎを趣味とするS氏・・・「離婚の危機? 夕べもありましたよ、ハハハ慣れですよ、慣れ。夕べも包丁研いじゃった。」・・・・御歳88歳、結婚60周年を迎えたO氏・・・・「自分の好きなことをやり、相手にも好きにさせることじゃ。所詮他人なんだから。」

投稿者 sushitomi : 09:32 | コメント (0) | トラックバック

2006年03月08日

健康大好き!!

きのうは体調不良のため、メールの配信ができませんでした。なぜだか・・・というと、

単純に二日酔いですね。お恥ずかしい。月曜日の夜、ちょっと悩み事? があったため、その道の師匠ともいえる「河内台風」さんをお誘いして飲みに出たんです。

・・・・サニーベールにある某高級クラブ2階カウンターにて、私はビールをいただいたのですが、「ちょっと、おねーさん、このおつまみ、どかしてくれる? そう、僕の手の届かないところにね。」 と言い、私の悪癖(スシトミ瓦版節分の章参照)から自身の身を守るために、まだ酔いの浅い私はきわめて冷静な判断ができたわけなんですよね。それなのに、ああそれそれなのに・・・・・・・・・

ドカドカドカ!!と、威勢のいい足音とともに、なにやら聞き覚えのある明るい声が飛び込んできました。健康サプリバンクの○ぢさんご一行です。

「あれ? いたの? なんーだ一緒に飲もうよ飲もうよ。そういえばたかおさんさあ、スシトミのメールで、バカな客がいるんだなあって、笑ってみてたら、あの○ぢって、僕のことだったんだ? まったく~? ひどいなあー。」 
と、いつも通りの○ぢさんで、ここまではよかったのですが・・・・

「ねえねえ、おねえさん、なにか食べ物ない? え? ないの、じゃあ、ピザかなんか取ってもらえない? え? もう閉まってる。しょうがないなあ。」 という○ぢさんの声が後ろ(ボックス席)でしてたのに、いつのまにかそのご本人が消えています。一服かなと思っていたらまた、ドカドカドカ!!という足音とともに、大量のビニール袋を抱えた○ぢさんが再び登場します。

「ネエネエ、みんなお腹すいてない? すいたでしょ? アルバートソンに行ってきたの。みんなで食べようよ? あれ? ワインにしたの? ちょーどよかった。これ赤ワインにとっても合うんだよ。あ!!そうだ、これはどう? チーズスティック。いいでしょ。あ!おねえさん、僕にもワインチョーダイ!! 僕も今日はワインにしよ。あ!! タカオさん、こっちも飲んでみてよ。おいしいよ~。どう? いけるでしょ? もっと飲もうよ飲もうよ。めったにないんだから、こんな機会。あ~、楽しいなあ僕!! ネエ、歌おうよ歌おうよ。あ!!もっと食べない?まだいっぱいあるんだよ。ホラ!! どう? おいしよ、これも。ネ? おいしいでしょ?」

・・・・・・・と、いうことで、夜は更けていくのですが、気づいたら朝。となりにいた○藤さんに送ってもらったのは覚えているのですが、酒に酔ったというより、おつまみで胃が膨れて悪酔いしてしまったようです。

○ぢさん、こんなときは、どんなサプリを取ればいいんですか?

投稿者 sushitomi : 07:59 | コメント (0) | トラックバック

2006年03月06日

頑張れニッポン!! でもイライラ第2弾

頑張れニッポン! でもイライラ第二弾です。

日本サッカーの発展には、これまで多くの外国人が関与しています。その一人がジーコですね。
でももっと前にさかのぼると、メキシコ五輪の時に招聘した、ドイツ人コーチのクラマーさんがいます。現在の日本サッカー協会首脳部は、キャプテン川渕をはじめ、皆このクラマーさんの情熱あふれる指導の下に、メダルを獲得したはずなんです。

当時日本では、サッカー観戦なんて誰も興味を示さなかったスポーツです。もちろんプロはありません。その東洋の離れ小島に来て、世界に通用する技術と精神を叩き込んでくれたのがクラマーさんです。

それなのに、ああそれなのに・・・・・・どうして4年前、8年前の反省をして、学習していないんでしょうか、このトーヘンボク協会は。クラマーさんからいったい何を学んできたのでしょうか。

日本サッカー協会は、これまでなんども同じ間違いを犯し、しかも反省しない。加茂監督の時、初めてのワールドカップを目前にして慌てまくったのがいい例です。
当時強化委員会とやらを設け、加藤久さん を委員長に置き、どうすれば予選突破できるかを模索していたのですが、加茂監督を更迭するかどうかが大きな課題となっていました。

当初から、その経験、実績を揚げ、ブラジル人のネルシーニョ監督を第一候補としてこの委員会は押していたのですが、協会首脳はこれを拒否。その後次の試合の結果次第での監督を更迭を約束しておきながら、またこれを反故にしています。「私の首にかけて・・・・」 なーんていうわけのわからない理事長の一言で、強化委員会がこれまで調査・検討してきた積み重ねはふっとんじゃったんです。もちろん、加藤久さんは委員長を辞めました。挙句のサンパチ、本大会直前になって、結局加茂監督更迭、岡ちゃん監督の登場とあいなったわけですね。

こういうことって、サッカーに限らず、相撲協会、プロ野球協会、日本陸連、五輪関係、アマチュアでも高野連など、すべての組織に共通するじつにみっともない、スポーツマン精神とは遠くかけ離れた、醜い構造がありますね。いったいあの有識者の○○・・・・と、いうのはなんなんでしょうか? どんな資格を持つ人が、そのメンバーに選ばれるのでしょうか?

藤原正彦さんは、「国家の品格」 の中で、こういう意味のことをおっしゃっています。論理論理で推し進めていくととんでもない方向に向かうことがある。それが優秀な人の手によればよるほど結果は悪くなる。そうならないためにと、世界に通用する日本古来の 「情緒と形」 の必要性を説き、武士道精神から学びなおすことを提唱されています。

きっとクラマーさんは、言葉の通じない、サッカー未開国のJAPAN に来た時、最初は不安だったのではないでしょうか? でも、日本人選手のひたむきさや、努力する姿に「武士道精神」を見いだし、あきらめずに教えていってくれたのではないでしょうか。

協会の面々は恥を知り、クラマーさんの教えとその情熱を、今一度思い出してもらいたいものです。

このイライラ第二弾を書くために、元祖サッカー小僧、トミグループのキャプテンT氏に情報確認をとり、最後に「日本はどうなるかなあ?」と聴いたところ、
「3敗するかもね。いやこれマジで。」

投稿者 sushitomi : 13:43 | コメント (0) | トラックバック

頑張れニッポン!! 大会予報第一弾

ヨーロッパでは、各国代表チームが、練習試合を通じて調整中です。そこで我が日本代表チームと、同組に入る他のチームの試合結果から探る、独断と偏見の素人予報第一弾です。

まずは日本代表・・・・
対ボスニア・ヘルツェゴビナ戦  2対2の引き分け  しかもロスタイムでやっと引き分け もちろんボスニア・ヘルなんとかは本大会にはでない国です。

この国を仮想クロアチア戦だとすると、とりあえず(やっと)勝ち点1を獲得

クロアチア代表・・・

対アルゼンチン戦  3対2で勝利  説明の必要はありませんね。この時期にアルゼンチン相手に勝ったのです。仮想ブラジル戦ですが、勝ち点3です。

ブラジル代表・・・・

対ロシア戦   1対0で勝ち  仮想オーストラリア戦ですが、ブラジルはどこ相手にしても関係ないですね。1点取って勝ちゃーいいんだから。勝ち点3.


さて、この結果からなにが読み取れるのか。(梅田望夫風に分析しなくちゃ)


クロアチアはブラジルから金星を挙げる可能性があるっていうことなんですね
。「え?本番でそんなことはねーよ。」 って言う人がいるかもしれないけど、そんなことはない。確立はかなり高い。もちろん日本がブラジルに勝つよりずっと高い。すくなくとも引き分ける確立となるとかなりのもんだ。当然クロアチアはそれを狙っていることでしょう。

では日本だってクロアチアに勝ち、もしくは引き分けることができるのか? となると、これは非常に難しくなってきましたね。ここ数試合、日本は代表国相手には歯がたってないのです。アメリカ戦で皆さん見たでしょ? ボスニア・なんじゃら相手にやーっと引き分けですからね。

ブラジルの目標は大会連覇です。予選リーグでは、どこを相手に金星を与えても関係ない。日本に勝たせてあげてもいいんです。勝ち点6を取ることができるんだから。
となると、ブラジル戦を最後に控える日本は、他国よりやや有利とこれまで大方が予想していたのですが・・・・・・

このクロアチアが挙げたアルゼンチン相手の金星で状況はがらりと変わったはずです。予選で万が一ブラジルがクロアチアに引き分けたりした日にゃーあんた、最後の日本戦で勝ちにきますよ。

ではどうすればいいの・・・・

監督換えるしかないですね。私はジーコ大好きですが、あくまでも選手としてのジーコです。日本に来て以来、プレイヤーとして神様の技を見せてくれ、Jリーグ発足当時にサッカー人気を確立した立役者ですからね。その後も日本にとどまり、草の根活動をしてくれた大恩人なんです。そんな人に監督やらせてはいけない。だってジーコは監督の勉強はしてきていないんだから。もし、ジーコがブラジル代表の監督だったら、とっくの昔に解雇されているはずです。ブラジル国民はピッチに立つジーコを神様と呼ぶけど、もし監督だったら、その結果にようしゃなく罵声をあびせることでしょう。

では後任に誰を持ってくるんだ? 

といわれたらちょっと外部からの招聘は難しい時期になりました。これまでジーコをサポートしてきた日本人コーチが一番現実味がありますが、前回同じような経緯で岡ちゃんが抜擢されていますからね。また同じことやったらアホ丸出し です。日本サッカー協会はいつまでこんなこと繰り返す気なんですかね。

やっぱり小峰監督しかないか!!

投稿者 sushitomi : 08:35 | コメント (0) | トラックバック

2006年03月03日

梅田望夫著 「ウエブ進化論」

買ってきました。梅田望夫著 「ウエブ進化論」 ちくま新書刊

紀伊国屋の、今月のベストセラー1位の場所に鎮座しておりましたが、これはちょっと痛んでいた(読みまわされていた)ので、他を探すのですがそこにはない。ようやく1冊だけ、筑摩書房の棚でみつけてきました。ラッキー。

こういう本を買うときは、店員のおねーちゃんの中でもなるべく痛みの少ない人を選んで、もちろん、表紙を堂々と上にして差し出します。下には浦沢直樹の「20世紀少年」の21巻を裏にして忍ばせておきましたが・・・・

・・・・・仕事終了後帰宅して、まずは急いで 「20世紀少年」 を読む。それからじっくりと 「20世紀少年」 を読み返す。

さていよいよ 「ウエブ進化論」 です。帯にある 「羽生善治」 の名にあらためて驚き、梅田さんのあとがきにまず目を通す。ここはまあいつもの梅田節、スシトミで話すときと同じ梅田さんの顔が見られるので、入りやすいですね。安心してトップに戻り読み始めるのですが・・・・・

えー? 何? いきなりこれ、「ムーアの法則」 ? 「チープ革命」が生み出す方向性? 危惧していた事態がいきなり発生してしまいました。どうしよ。
書評には、「わかり易く・・・・・」 (それが梅田さんの文章の持ち味だと私も思う) と出ていたはずなのに。あーあ、せめて梅田さんが、この ゴードンムーアさん とやらを店に連れてきてくれていたらもっと読みやすかったのになあ・・・・・なんて不遜なことを思いながら、パラパラとめくっていったら・・・・・・・

出てきましたよ。「ブログとはなにか」 これはもう今の私にとっては、「スシトミととログ」 をどう進化させていくかという、まさに梅田さんが私のために書いたとしか思われない箇所ですね。あーあきらめずに本をめくってよかった。なになに、 「本当の大変化はこれから始まる」? やっぱり梅田さんの目はごまかせない。見るところは見ているんですよねえ。この人。・・・・・・2005年、アメリカではブログ総数が2000万を突破、日本でも500万を越える。ほー、「自分で考え、日記風にまとめるのは困難でも、「ネット上にこんな面白いものがあったよ」 といったことを人に知らせることからはじめれば敷居は低い。」 ・・・・なるほど、と、読み進むうちに 「超大なブログの中にも玉石混合」?
あれ? 「スシトミととログ」 は玉?石? なんて思うこともありましたが、あとは一気に最後まで読破していました。

「若い頃、ものが見えてなくてよかった。もしあの時、もっと客観的であったら、冒険しなかったらと思うと、ぞっとする。」
納得!! さあ、今夜はがんばって、もう一度トップも戻って読み返してみよう!!!

梅田さん、今度サインしてくださいね。

*注 上記記載に関しては、梅田さんの記述を大幅にはしょって、私が勝手に書き込んでいます。失礼しました。皆さん、ぜひご自分でお読みくださいませ。

投稿者 sushitomi : 09:47 | コメント (0) | トラックバック

2006年02月26日

「ウエブ進化論」 好評発売中!!

スシトミ常連 梅田望夫さんの「ウエブ進化論」 が、日本ではベストセラーになっているようですね。
圓橘師匠の公演には毎回スポンサーとして参加していただいている梅田さんですが、私が 「スシトミととログ」 を立ち上げた時の目標も ・・・・・

「打倒梅田望夫!」・・・「蹴散らせ地方版!!」・・・「目指せ真鍋かおり!!!」 と意気込んでみたのですが、ありゃりゃ、品切れ店続出とはすごい。ちなみに地方版編集長から教えてもらったグーグルファイトで、梅田さんのサイトとスシトミブログを戦わせてみたところ・・・・アチャー、これ何倍の差がついてんの?
これは失礼しちゃいましたね。すいません梅田さん。
「ウエブ進化論」は、サンノゼ紀伊国屋には入荷したばかりです。みなさんぜひ読んでみてください。

投稿者 sushitomi : 08:30 | コメント (0) | トラックバック

2006年02月24日

頑張れニッポン!! 1ドルカツカレーの日

ついにきちゃいましたねえー。1ドルカツカレーの日。日本代表のあまりの不甲斐なさに、相手はフィンランド、格下なのに、やっぱりハードル低すぎたなあ。
でもここでやめちゃうと五月蝿いやつらがいるしなー。「インド戦で10点差で勝てば・・・」 ともうひとつ条件つけておけばよかったかなー。あ、そうだ。 「顔に青・白ペイントしてきた人に限る!!」 にしようか!!・・・・・

・・・・こんなやりとり、考えるとまたイライラしてくるので、ここはもう往生際よく・・・・今日のランチは1ドルカツカレーです。

ただし、当然日本人にかぎりますので、表向きは通常の値段にしてあります。前回 「1ドルカレー」をやったときは、ウエイトレスが1ドル+tax にして、とんでもない面倒なつり銭のやり取りになってしまったので、今日は、ピッタシ税込み1ドルカレーにしましょう!! でも今日はお代わりなしね。あーー、今日、食べに来そうな面々の顔がズラーっと目に浮かぶなあ。こいつらきっと、チップもチョッキリ10セントもってくるんだろうなあー。

投稿者 sushitomi : 08:07 | コメント (0) | トラックバック

2006年02月19日

スシトミ瓦版 頑張れニッポン!!

勝っちゃいましたねえ・・・ ちょっとハードルが低すぎました。 「先制して・・・という条件」 ではなく、「3点差以上で」 とでもしておけばよかった。事実アメリカは、同じフィンランド相手に5対0で圧勝していますからね。それに比べて日本は2対0、しかも2点目はたまたま飛び込んだおまけゴールだから実質は1対0ですね。

でもあんまりぐだぐだ言って、なーんだ 「1ドルカツカレー」 を出し渋っているのか?