秋の夜長に・・・・
「人まちがい」
先日娘の誕生会、とあるパーティー会場でのことです。花嫁の父が結婚式で大事な役割を果たすように、私もその日のプリンセスの父親であるわけですから、朝からキチンと整髪し、襟付きのシャツにチノパン、デッキシューズという、私にとっては最高の装いで行きました。受付で、「車に持ち込みの品があればこのカートで運ぶように」と親切に言われ、カートを押し始めたところで嫌な予感がしたのですが・・・・
案の定、パーキングで出くわしたどっかの親にいきなり 「これ、運んでくれるの?」 と聞かれました。
そして会が終わり、たくさんいただいたプレゼントをまたカートに載せて運んでいると、「それ終わったらこちらも手伝ってくれる?」 人の良さそうなおばあさんにまた聞かれたのでした。
「すしとみ秋のコレクション」
「あれ? それってすしとみのシェフの決まりなの?」
常連のYさんは、私たちの髪型を見て言いました。ちょうどミッちゃんが休みで、私、オッチョ、リュウ、見習いのケントがいたときです。たしかに一見同じボーズ頭に見えるけど、Yさん、よく見てよね。
オッチョは金がないから自分で剃るボーズ、ケントは柔道やってた小さい頃からボーズしか受け付けない体になってしまったボーズ、リュウは数年前からとある事情で伸ばせなくなってしまったボーズ、私は月2回はカリスマ理容師の手で、丹念に刈りそろえてもらう、江戸前の髪型なんですから。
ちなみにミッちゃんは、生まれてこのかた、一度もボーズにしたことないし、80近い親父も自分とほぼ同じ髪型だという、とても鮨屋向きとは思えない男です。
「パンプキンパッチ」
エルカミーノホスピタルの近くには、大きな農場があり、毎年この時期になると、大掛かりなパンプキンパッチが行われていました。でもそれも去年までのこと。もうシリコンバレーではおなじみですが、ここも住宅地として申請、許可がおりたようですね。
環境維持を他にだけ求めるわがままが通らないことは重々承知ですが、なんとなく寂しい秋になりました。
「暖簾の重さ」
日付けの偽装が発覚したときの、由緒ある大店の対応には目を覆いたくなくなるものがある。
社長一同が証拠隠滅に走り、言い訳に終始し、最後に頭を下げる様は悲しい。
歴史の長いだんご屋が、日にちを決めて物を捨ててきたとは到底思えず、使えるものは再利用してきた長い歴史がきっとあるはずだ。本店で使えなくなったら姉妹店に回すこともあったろう。
これを堂々と言うわけにはいかないところが悲しい。ウソの表示はいけないことだが、かっては再利用の道を見つけ、出世した先人もいたことだろう。その発見こそが、名店として名を残すきっかけになったかもしれない。
いったいいつから曖昧な賞味期限が付けられるようになったんだろう。昔は皆、自分の目と舌で、賞味していたんだろうに。
「土を喰う日々」
いつも手元に置き、事あるたびに読み返す本のひとつに、「土を喰う日々」がある。
高級な食材を手にしたり、うまいもんを食べた後にこれを読むと、「本当の贅沢とは?」 と考えてしまう。
そして、作る側からすると、ないものを理由にして作らず、あるものを見過ごしている日々の怠慢を、恥じ入るばかりである。 ![]()
「私の履歴書」
日経新聞 10月の「私の履歴書」は、すしとみ常連青木正彦先生でしたが、噂は耳にしていたものの、かなり迫力ある若き日々でしたね。名誉教授となられた今も、未だ眼光するどく、日米を往復してご活躍の日々です。年輪や履歴を刻み込むには、日々戦いの境地にあってこそなんでしょうか。
秋の夜長に、あれこれと考えて眠れなくなりました。

