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2006年07月13日

日本史 2006 望郷編その2

「弁当」 ・・・・・・ 同級生を20人ほど家に招く。夕方から台所に立ち、母と並んで簡単なつまみを作る。野菜を刻む母の手元をみてビックリ。なんとも不器用なのだ。この包丁さばきで、「ここまで育ててくれたのか、おっかさんよ!!」 と思い、感謝。

・・・・そういえば、この母の母。つまり我がばーちゃんの作る弁当のおかずには、焼いたスルメが入っていたんだっけ。


「博多っ子純情」・・・・・・・福岡を訪れ、「親不孝通り」 を歩いてみる。19歳の時、とりあえず大学を目指して通った、名門進学予備校の正面の通りだ。
誰が名づけたのかは知らないが、30年近くたった今も、親不孝を顔に書いたような若者が闊歩していた。

当時一緒に人吉を出て、同じ予備校に通い、同じように玉砕し、同じようにこの商売に入ったキクちゃんの店を訪ねる。彼とは幼稚園からこの予備校までの時期を共有した。「おまえがもう一年やるなら、俺もやってみるけど?」 「いや、勉強はもうヨカ。むいとらん」・・・どっちがどう言ったのかは忘れたが、こんな会話で僕たちの青春のひとコマは終えた。

・・・・そのまま福岡に根を据えた彼は、今や博多でも有数の青年実業家として、レストランチェーンの拡大とともに、笑顔とまごころをモットーに、従業員教育にも力をそそいでいる。。写真は博多のど真ん中の地下にある3店舗目の店。
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「キジ馬ネット」・・・・・・・キジ馬は人吉の民芸品だ。0215200204.jpg
五木の奥に住み着いた平家の落人の作らしい。人吉を遠く離れても、心はいつも人吉にある先輩方のネットサークルに入れてもらって3年目。今回は私の帰郷を歓迎して、初めて会う私のためにオフ会をひらいてくださった。同じサンノゼに住む井手先輩も、どういうわけか、この日は出張先のロンドンからこの人吉に駆けつけ、共にうまい焼酎と郷土の料理に酔いしれた。
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場所はサンノゼ 「すしマル」 で働くサギリちゃんの人吉の実家 「すし天」


「川辺川ダム」・・・・・・・・・いまやその是非を問う議論が全国区となったこのダム工事は、私が小学校にあがる前(1966年)に計画された事業です。時代が変わり、長い長い時間をかけた裁判で状況が変わってきた現在もなお、五木の村をダンプが駆け回っていました。下の写真がダム建設予定地で、この左右の山をダムが結ぶことになる。
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このことを書き始めると、仕事ができなくなりそうなので、興味のある方はこちらをどうぞ。
http://kawabegawa.jp/kawabe/k_1.html

上記サイト左袖の「川辺川ダムとは」をクリックすると、人吉市中心部を流れる球磨川(ダム有り)と、そこに注ぎ込む川辺川(ダム無し)の合流地点の写真が見られます。


「我故郷を愛す」・・・・・・・私の家にあった、風呂敷に書かれている文字です。人吉出身の、亡くなった元衆議院議員を忍ぶ会と書いてあり、この代議士の座右の銘だったようです。現人吉市長はこの代議士の息子でなんと5期目。ダム推進派の頭として有名です。この市長の座右の銘を問うてみたい。

・・・・・・ついでに20年も同じ人物に市を任せる市民の頭の中も覗いてみたい。

投稿者 sushitomi : 2006年07月13日 06:44

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